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本稿は1996年12月8日から15日まで、日本航空文化事業団主催の海外子女教育相談会出席のため、海外子女教育振興財団からの要請を受けてメキシコ市およびブラジル、サンパウロ市を訪問した時の報告書である。神奈川県教育センターの八重沢勇一先生、そして、学芸大学附属大泉高校の町田隆吉先生と3人で相談会に臨んだ


1997年1月作成

帰国生の現状と受け入れの問題--中南米編

                                 上智大学 吉田研作

 今回のメキシコ・ブラジルの教育相談は、私にとって非常に貴重な経験となった。英語圏でなく、また、アメリカやヨーロッパのように子どもたちが、補習校ではなく、日本人学校に通っている現状を知ることができた。それは、現地校に通う子どもが少なく、日本人学校から英米系のインターナショナル・スクールに進むか、あるいは、中学卒業と同時に日本に帰るか、あるいは、日本の私立高校が運営している、他の国にある日本人学校に進むという選択しかないというものだった。
 つまり、中南米の日本人の子どもの場合、その多くは、折角外国に居住しながら、その国のことばを十分習得することができず(特に、学習言語)、その上、当該国でも「外国語」である英語を学ばなければ、現地での勉強が実質的にできない、という厳しい現実にさらされている、と言える。また、日本において、多くの学校が、日本人学校出身者を帰国子女として認めていない現状では、彼らはいかにも中途半端な立場に置かれている、と言わざるをえない。
  そんな中で、私は、主に大学受験についての相談をさせてもらったが、その相談内容は、例えば、(1) 当地でインターナショナル・スクールなどに通っている関係で、IB や SAT などの学力テストの結果が受験に役立つかどうか、(2) 外国語能力の評価について(英語力について、英語圏からの帰国者と分けて判定してもらえるか)、(3) 在外年数や期間、帰国時期などについて、(4) 1年次入学と現地、あるいは、他の国の大学入学後の日本の大学への編入について、(5) 入学後の面倒見(入学後、英語で授業が受けれられる大学は?)について、というような問題が中心だった。
  これらの問題の解答を、多少、今後の日本の帰国子女教育全般についての論及を含めて以下に述べることにする。

  (1) まず、IB、SAT などの学力試験の結果については、既に文部省がフランスのバカロリアを、日本の大学の受験資格として認める、という通達を出しているので、次は、IB や ABITUR などではないか。また、現在でも、かなりの大学で、SAT などの結果を提出することが「望ましい」としていることから、今後は、それが、「望ましい」から、「出願必須条件」になってくると思われる。
  (2) 次に、外国語能力の判定だが、残念ながら、現在のところ、英語(英検、TOEFL、IELTS、TOEICなど)についてはその能力を証明するものの提出を要求している(あるいは、望ましい)ところは多いが、それ以外の外国語能力については、ほとんどない。特に、現状では、仏独に関しては、標準テストが存在するので、その結果の利用は可能だが、スペイン語、ポルトガル語などの場合は、まだそのような標準テストさえないので、利用できない。 また、英語圏からの帰国者と今回のような非英語圏からの帰国者を区別して英語力の判定を行っているか、というと、あまり行っていない、というしかない。よほど現状に詳しい先生がいる大学や学部・学科は良いが、そうでないところでは、無理だろう。
  (3) 在外年数や帰国時期などの問題は、いまだに、当該地で高校を卒業することを条件としているか、日本の高校に編入した上で受験しても、中高合わせて2から4年を当該地の中校で学び、更に、帰国後、1年半以内、という厳しい条件が付されている。しかし、文部省では、小学校時代の「留学」経験も考慮するよう指導しているので、今後は、その門戸はより広い層の帰国子女に開かれてくるのではないかと思う。
  なお、これは、帰国子女入学制度に対する各大学の今後の考え方の変化を促すものでもある。つまり、今までの、いわゆる「救済処置」として、帰国生にも日本の大学で学ぶ機会を与える、という消極的な考え方から、帰国生を、大学の「多様性」による「活性化」のために入れるというより積極的な考え方への変化である(外国人留学生受け入れについても同じ考え方が適応できる)。そして、たとえ、小学校時代であれ、一度外国で継続して何年か暮らし、学んでいれば、その影響は一生残り、そのような子たちの独自の identity をも考慮した柔軟な入学制度が求められているのである。
  (4) 次の、大学への帰国子女の編入だが、これは、まだ殆どの大学が認めていないことである。当然、定員の問題など、技術的な問題が多いのは分かるが、しかし、これも、上記の、大学の「多様性による活性化」を促すという観点からすると、より前向きに考える必要があるだろう。特に、ブラジルの場合、中等教育が11年しかないため、そのままでは、日本の大学受験はできないが、現地、あるいは、その他の国の大学に2・3年在籍した上で、日本の大学に編入生として戻ってくる、という可能性を考える必要があろう。なお、中教審の答申には、大学入学年齢の柔軟性を求める内容が含まれているし、大学院では、既に、大学4年を卒業していなくても、能力が認められれば、大学院の入学が許可されるようになっているので、今後の成り行きによっては、近々、ブラジルのようなケースもよりよい方向で解決される可能性があることを付け加えておく。
  (5) 最後に、大学入学後の問題だが、現状では、殆どの大学では、単に「入り口」で帰国子女の受け入れを行っているだけで、入ってしまえば、他の学生と全く同じ、という体制になっている。帰国子女の中には、日本語の力が不足している、あるいは、特に理工系学部では、数学などの知識が不十分という学生がいる。しかし、それを補うためのプログラムを持っている大学はまだ少ない。
  それとは逆に、外国語の力は充分あるので、それをより有効に使って勉強することができる機会を帰国子女に与えられる大学はどれだけあるだろうか。これは、外国人留学生の受け入れの際にも問題になることである。折角外国から留学生が来ても、全てが日本語で教えられている日本の大学では、殆どの人は留学の目的を成就させることができない。つまり、日本の大学で、専門の講義を、少なくとも英語で開講できなければ、「建て前論(日本に来たら日本語を使うのが当然)」は別として、現実には、外国人留学生は受け入れられないし、帰国生を「活かす」ことはできないだろう。また、昨今の「国際化」時代到来云々考えれば、英語による専門の講義が聞いて分かる日本人を大学が育成することは必要不可欠になってきているのである。
  以上、実際の問題と合わせて、私なりの今後の日本の教育について述べたが、最後に、今回の相談会を企画、運営してくださった、日本航空文化事業団、海外子女教育振興財団の方々、そして、メキシコ、ブラジルで、非常にお世話になった日航の方々にこころから感謝したい。また、日墨学院、サンパウロ日本人学校の先生方にもお礼を述べたい。みなさんのお陰で1週間、大変有益な時を過ごすことができた。また、八重沢、町田両先生とご一緒できたことは、私の知らない、小、中、高の現状が良く分かり、大変勉強になった。両先生にも本当に感謝申し上げたい。


***なお、上記の問題点とその解決への指針は今年度から施行される上智大学の外国の教育制度の下で教育を受けた生徒のための特別入学制度では、かなり取り入れられていることを付け加えておく。


日本の教育、帰国子女関連サイト:

CLARINET(帰国子女の総合ホームページ:外国人子女のデータも含まれている)
New Directions in Returnee Admissions Procedures (吉田発表アウトライン)
文部省・審議会答申 (答申の中の「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(中教審)の第3部第2章--国際かと教育」に帰国子女、海外在住日本人子弟、そして、日本に在住する外国人子弟に関する記述が載っている)
帰国子女情報 (体験談、帰国子女入試<高校>情報など)
私情つうしん (帰国子女同士のニュースレター)
帰国子女入試情報(アルク)
帰国子女による Home Page (帰国子女や海外在住日本人による)
海外子女教育振興財団
帰国子女、国際理解教育関連リンク集


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