プロフィール&研究業績

プロフィール

豊田 浩志

1947年 広島市生まれ 東京都練馬区に居住して26年目。
一世代近く住んでいると、否応なくお店の世代交代なんかも目に入ってきて、ほろっ、としたりします。

 研究分野:初代キリスト教史とローマ帝政史研究(いずれも紀元3,4世紀中心)を、考古学の成果を加味して再検討することに、ここ10年興味をもってます。

 これが最後、が多くなってます。このHPも最後の更新かもしれません。しかし、はた迷惑でしょうが「生涯一書生」を全うしたいと念じております。
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研究業績(2015年4月1日現在)

著書・共著・編著:

  1. 梅棹忠夫・江上波夫監修『RHETORIKA世界歴史大事典』全22巻、教育出版センター、昭和60(1985)年、に項目執筆。
  2. 「ローマ帝国とキリスト教:古代世界と中世世界の狭間で」竹内正三・坂田正二編『ローマから中世へ』渓水社、昭和60(1985)年、pp.1-37.
  3. 「キリスト教の発展」「歴史の探究:キリスト教勝利の原因」『西洋の歴史[古代・中世編]』ミネルヴァ書房、昭和63(1988)年、pp.151-159.
  4. 『キリスト教の興隆とローマ帝国』南窓社、平成 6年(1994)年、Pp.258.
  5. 高柳俊一編『新カトリック大事典』全 4巻、研究社、平成8(1996) 〜21(2009)年、に項目執筆。
  6. 『キリスト教辞典』岩波書店、平成14(2002)年、に項目執筆。
  7. 「文書史料の落とし穴:聖書と考古学」上智大学文学部史学科編『歴史家の工房』上智大学出版、平成15(2003)年、pp.189-208.
  8. 豊田浩志編『キリスト教修道制:周縁性と社会性の狭間で』上智大学出版、平成15(2003)年、Pp.324.
  9. 「紀元後3世紀初頭のM.Aurelius Prosenesの石棺を見、銘文を読む」井内太郎編『歴史家のパレット』渓水社、平成17(2005)年、pp.25-44.
  10. 「ローマ時代の落書きが語る人間模様:いじめ、パワハラ、それともセクハラ?」上智大学文学部史学科編『歴史家の散歩道』上智大学出版、平成20(2008)年3月、pp.283-300.
  11. 「まえがき」「パラティーノ丘『涜神の落書き』序説:トポグラフィー的知見を中心に」豊田浩志編『神は細部に宿り給う:上智大学西洋古代史の20年』南窓社、平成20(2008)年10月、pp.1-3、129-145.
  12. 翻訳(共訳:牧島優子・西田有紀):ピエトロ・ザンデル『バチカン サン・ピエトロ大聖堂下のネクロポリス』上智大学出版、平成23(2011)年、Pp.148.
  13. 「歴史研究は刷り込みとの闘い:後三一五年ティキヌム造幣所打刻「記念」銀貨をめぐって」上智大学文学部史学科編『歴史家の窓辺』上智大学出版会、平成25(2013)年、pp.203-220.
  14. 「記念建造物の読み方:コンスタンティヌス帝の二大建造物をめぐって」上智大学文学部史学科編『前近代社会におけるメディア文化:書写材とその周辺』上智大学出版会、平成28(2016)年、出版予定.
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学術論文:

  1. 「エウセビオス研究:思想形成期に於ける」文学修士論文(広島大学大学院)、昭和47(1972)年、四百字原稿用紙249ページ。
  2. 「後期ローマ帝国とキリスト教(1)」『史學研究』(広島史學研究会)第127号、昭和50(1975)年、pp.47-66.
  3. 「ローマ帝国史研究におけるプロソポグラフィッシュな研究の一動向:W.Eckの最近の業績から」『西洋史学報』(広島大学西洋史学研究会)復刊3号、昭和51(1976)年、pp.20-32.
  4. 「後期ローマ帝国とキリスト教(2)」『史學研究』第130号、昭和51(1976)年、pp.42-62.
  5. 「いわゆる『ディオクレティアヌスのマニ教禁令』をめぐる一考察」『西洋史学報』復刊 4号、昭和51(1976)年、pp.1-18.
  6. 「《大迫害》直前のローマ帝国とキリスト教:殉教者伝叙述を中心として」『キリスト教史学』(キリスト教史学会)第31集、昭和52(1977)年、pp.1-20.
  7. 「《大迫害》直前のローマ帝国とキリスト教:ラクタンティウス史料を中心として」『美作女子大学研究紀要』(美作女子大学)第12号、昭和54(1979)年、pp.15-29.
  8. 「『大迫害』直前のローマ帝国とキリスト教:エウセビオス史料を中心として(1)」『美作女子大学研究紀要』(美作女子大学)第13号、昭和55(1980)年、pp.12-22.
  9. 「Gallienusの所謂『キリスト教寛容令』について」『西洋古典学研究』(日本西洋古典学会)第28号、昭和55(1980)年、pp.88-98.
  10. 「ヴァレリアヌスのキリスト教迫害:ディオニュシオスのヘルマモン宛て書簡をめぐって(1)」『西洋史学報』復刊 7号、昭和55(1980)年、pp.1-16.
  11. 「ヴァレリアヌスのキリスト教迫害:ディオニュシオスのヘルマモン宛て書簡をめぐって(2)」『史學研究』第158号、昭和58(1983)年、pp.48-64.
  12. 「3世紀におけるキリスト教の進展:騎士身分への浸透をめぐって」『古代文化』(古代学協会)第35巻第 6号、昭和58(1983)年、pp.1-13.
  13. 「紀元三世紀前半のローマ帝国とキリスト教:エウセビオス『教会史』叙述における」『美作女子大学研究紀要』第18号、昭和60(1985)年、pp.1-18.
  14. 「紀元3世紀におけるササン朝ペルシアとローマ帝国:シャープール1世の磨崖浮彫をめぐって」『私学研修』(私学研修福祉会)第99号、昭和60(1985)年、pp.117-134.
  15. 「1984年度共通論題報告『ローマ帝国とキリスト教』:三世紀中葉のローマ帝国とキリスト教『ローマ建国一千年祭』とPhilippus Arabs──」『西洋史研究』(西洋史研究会)新輯第14 号、昭和60(1985)年、pp.147-156. 
  16. 「『ローマ建国一千年記念祭』とフィリップス・アラプス(上)」『古代文化』第38巻第5号、昭和61(1986)年、pp.1-12.
  17. 「『ローマ建国一千年記念祭』とフィリップス・アラプス(下)」『古代文化』第38巻第6号、昭和61(1986)年、pp.1-11.
  18. 「シンポジウム『迫害と殉教』:紀元三・四世紀におけるローマ帝国とキリスト教」『キリスト教史学』第40集、昭和61(1986)年、pp.19-37.
  19. 「紀元三世紀の危機と時代意識」『美作女子大学研究紀要』第20号、昭和62(1987)年、pp.12-27.
  20. 「エウセビオス『教会史』叙述の信憑性:紀元三世紀におけるアレクサンドリア学派の学統をめぐって」『上智史學』第33号、昭和63(1988)年、pp.70-103.
  21. 「エウセビオス『教会史』叙述の信憑性に関する一考察」『西洋古典学研究』第39号、平成3年(1991)、pp.92-101.
  22. 「『ディオクレティアヌスのキリスト教大迫害』勃発原因をめぐって(一)」『上智史學』第37号、平成 4年(1992)、pp.235-259.
  23. 「紀元3世紀におけるローマ帝国とササン朝ペルシアの関連的研究」『平成4年度科学研究費補助金一般C研究成果報告書』、平成5年(1993)、Pp.79.
  24. 「『ディオクレティアヌスのキリスト教大迫害』勃発原因をめぐって(二)」『上智史學』第38集、平成 5年(1993)、pp.63-98.
  25. 「シンポジウム『キリスト教とセクシュアリティ』基調報告」『キリスト教史学』第49号、平成 7年(1995)、pp.58-63.
  26. 「『ディオクレティアヌスのキリスト教大迫害』勃発原因をめぐって(三)」『上智史學』第41集、平成 8年(1996)、pp.1-32.
  27. 「紀元3世紀初頭北アフリカにおける家族問題の一断面 :「ペルペトゥアとフェリキタスの殉教者行伝」を素材として」『平成10年度科学研究費補助金基盤研究A(2)「西洋の歴史叙述における『危機』の諸相」研究成果報告書』、平成11(1999)年、pp.79-103.
  28. 「殉教者と北アフリカ :『ペルペトゥアとフェリキタス殉教者行伝』を読み 解くために(1)」『上智史学』第46号、平成13(2001)年、pp.37-64.
  29. 「古代ローマ史・初代キリスト教史研究におけるパソコン利用の試行的研究」『平成13年度科学研究費補助金基盤研究C(2)研究成果報告書』、平成14(2002)年、Pp.69.
  30. 「ある家庭崩壊の風景:はたして古代的家族観の危機は存在したか」山代宏道編『危機をめぐる歴史学:西洋史の事例研究』刀水書房、平成14(2002)年、pp.41-59.
  31. 「古代末期ユダヤ教図像考:セフォリスの新発見シナゴーグ舗床モザイク図像をめぐって(1)」『上智史學』第47号、平成14(2002)年、pp.87-120.
  32. 「4世紀初頭、キリスト教迫害推進を希求した常民たち」(2005年度大会共通論題報告「ローマ帝政期のキリスト教:保坂高殿『ローマ帝政初期のユダヤ・キリスト教迫害』をめぐって 」)
    『西洋史研究』新輯 第35号、平成18(2006)年11月、pp.169-181.
  33. 「聖地ローマにおける遺跡保存:巡礼と観光のはざまで」『平成15〜18年度科学研究費補助金基盤研究(B)(1)「環地中海世界の聖地巡礼と民衆信仰」研究成果報告書』、平成19(2007)年4月、pp.34-53.
  34. 「Graffiti史料にみるローマ帝政期庶民キリスト教徒研究」『平成16〜18年度科学研究費補助金基盤研究(C)(2)研究成果報告書』、平成19(2007)年4月、Pp.34.
  35. 「初期キリスト教考古学とイエズス会:アントニオ・フェッルーア神父追悼に寄せて」『ソフィア』第55巻第3号、平成19(2007)年6月、pp.95-106.
  36. 「オスティア・アンティカにおける水資源活用:トイレの設置状況から見る」『(財)日本生命財団平成18年度個別研究「古代ローマ都市、ポンペイ・オスティアにおける水循環システムに関する都市環境史的研究」報告書』、平成19(2007)年9月、Pp.19+12Plates.
  37. 共訳「エウトロピウス『首都創建以来の略史』翻訳(第一・二巻)」『上智史学』第52号、平成19(2007)年11月、pp.99-140.
  38. 共訳「エウトロピウス『首都創建以来の略史』翻訳(第三巻)」『上智史学』第53号、平成20(2008)年11月、pp.133-155.
  39. 翻訳(共訳:林俊明・川本悠紀子・大清水裕・武智由子・滝本みわ):エウトロピウス『首都創建以来の略史』翻訳(第四・五巻)」『上智史学』第54号、平成21(2009)年、pp.141-176.
  40. 翻訳(共訳:林俊明・川本悠紀子・大清水裕・武智由子・滝本みわ・藤澤綾乃):エウトロピウス『首都創建以来の略史』翻訳(第六巻)」『上智史学』第55号、平成22(2010)、pp.141-171.
  41. 翻訳(共訳:林俊明・大清水裕・藤澤綾乃):エウトロピウス『首都創建以来の略史』翻訳(第七巻)」『上智史学』第56号、平成23(2011)年、pp.147-184.
  42. Koji TOYOTA, L'epigrafia dedicata a Santa Monnica ed Ostia Antica,in:Report of the Investigation of Ostia Antica 2008-2010: Japanese Research Group of Ostia antica(2008〜2010年度科学研究費補助金 基盤研究(B)「古代ローマ都市オスティア/アンティカの総合的研究」研究代表者:坂口明(日本大学・文理学部・教授)研究成果報告書)、平成25(2012)年、pp.11-18.
  43. 翻訳(共訳:林俊明・大清水裕・藤澤綾乃・荒ふみよ・馬渕直樹・三井優一・田ノ上優弥):エウトロピウス『首都創建以来の略史』翻訳(第八巻)」『上智史学』第57号、平成24(2012)年、pp.179-216.
  44. 翻訳(共訳:林俊明・藤澤綾乃・荒ふみよ・馬渕直樹・任海守衛・川島翔・大清水裕・田ノ上優弥・三井優一・中野雄三・筒井砂):エウトロピウス『首都創建以来の略史』翻訳(第九巻)」『上智史学』第58号、平成25(2013)年、pp.177-216.
  45. 翻訳(共訳:林俊明・藤澤綾乃・馬渕直樹・任海守衛・大清水裕・三井優一・中野雄三・筒井砂・江添誠):エウトロピウス『首都創建以来の略史』翻訳(第一〇巻)」『上智史学』第59号、平成26(2014)年、pp.165-184.
  46. Web論文「オスティア・アンティカ「七賢人の部屋」序説」『2010(平成22)〜2012(平成24)年度文科省科学研究費補助金 基盤研究(B)一般研 究「古代イタリア半島港湾都市の地政学的研究」課題番号:22320149 研究成果報告書』;Un saggio sugli affreschi nell'Ambiente dei Sette Sapienti adOstia Antica, in:Ed.by GRUPPO DEI RICERCATORI GIAPPONESI PER GLI STUDI DEI PORTI ANTICHI ROMANI, RELAZIONE DELLA RICERCA SUGLI STUDI GEOPOLITICI DELLE CITTÀ PORTUALI NELLA PENISOLA ITALIANA 2010-2012(http://pweb.sophia.ac.jp/k-toyota/monbukaken2010-2012/pdf/Koji-TOYOTA_Ambiente-dei-Sette.pdf:2014/10)
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その他(書評等):

  1. 「半田元夫『原始キリスト教史論稿』清水弘文堂、1972年」『西洋史学報』復刊1号、昭和48(1973)年、pp.15-21.
  2. 「M.T.W.Arnheim, The Senatorial Aristocracy in the Later Roman Empire,Oxford,1972」『史學研究』第123号、昭和49(1974)年、pp.78-85.
  3. 「1988年の歴史学界:回顧と展望『古代ローマ』」『史學雑誌』(史學會)第98編第 5号、平成元年(1989)、pp.320-324.
  4. 「S.ベンコ編著(新田一郎訳)『原始キリスト教の背景としてのローマ帝国』教文館、1989年」『キリスト教史学』第44集、平成2年(1990)、pp.83-85.
  5. 「伊藤伊久男・松本宣郎共編『歴史における宗教と国家:ローマ世界からヨーロッパ世界へ』」『歴史』(東北史学会)第76輯、平成3年(1991)、pp.115-120.
  6. 「シンポジウム『今、なぜキリスト教史なのか』:ローマ史から見た初代キリスト教」『キリスト教史学』第45集、平成 3年(1991)、pp.32-35.
  7. 「松本宣郎『キリスト教徒大迫害の研究』南窓社、1991年」『史學雑誌』第101編第 4号、平成 4年(1992)、pp.100-108.
  8. 「一つの試み:パソコン通信」『キリスト教史学会会報』No.112、平成 7年(1995)、pp.1-4.
  9. 「私市正年『イスラム聖者:奇跡・予言・癒しの世界』講談社現代新書1291、1996年」『ソフィア』1997年春期、第46巻第1号(181号)、平成9年(1997)、pp.112-113.
  10. 「はじめに」「パソコンへの歩み、私の場合、そして西洋古代史研究」『上智大学学内共同研究 研究課題名:文系諸部門におけるパソコン利用の開発・研究(1994年4月-1997年3月)最終報告書』平成9年(1997)、pp.2-4、23-30.
  11. 「Appendex D インターネットのホームページ・サイト、リンク集:歴史(西洋古代史)」企画編集Plan-G・上智大学電子計算機センター『学内情報ネットワーク&インターネットQ&A』第2版、平成9年(1997)、A18-19.
  12. 「発展と空洞化のはざまで:建学の精神再生を目指して」(特集 大学入試への新たな視点)『大学時報』(日本私立大学連盟)Vol.47(262)、'98 SEPT.、平成10(1998)年、pp.34-37.
  13. 「モバイル・コンピューティングと私:「知的生産」漂流記」(特集・デジタル化で変わる学問研究)『ソフィア』1999年夏季、第48巻第2号(190号)、平成11(1999)年、pp.44-56.
  14. 「島創平『初期キリスト教とローマ社会』新教出版社、2001年」『史学雑誌』第111編第3号 、平成14(2002)年、pp.113-114.
  15. 「A・アマン(印出忠夫訳)『アウグスティヌス時代の日常生活 下』リトン、2002年」『本のひろば』(キリスト教文書センター)、平成14(2002)年5月号、pp.10-11.
  16. 「サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂」「サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ聖堂」『季刊文化遺産』Vol.17、浅香正監修「特集・ローマ古寺巡礼」、平成16(2004)年4月、pp.40-42、66-67.
  17. ヨゼフ・ピタウ他5名「特集シンポジウム・追悼ヨハネ・パウロ2世」『ソフィア』第53巻第3号、平成17(2005)年7月、pp.240-272.
  18. 「『上智史學』創刊50号に寄せて」『上智史學』第50号、平成17(2005)年11月、pp.1-6.
  19. 丸山了と共著「新刊紹介:長谷川岳男・樋脇博敏『古代ローマを知る事典』東京堂出版、2004年」『上智史學』第50号、平成17(2005)年11月、pp.89-93.
  20. 「カトリック」『週刊シルクロード紀行』No.37「ヴァチカン」週刊朝日百科、平成18(2006)年7月、p.22.
  21. 【巻頭折り込み】解説、資料提供「"世界帝国"の終焉:ローマ衰亡戦記」『歴史群像シリーズ特別編集【決定版】図説・激闘ローマ戦記』学習研究社、平成19(2007)年4月、巻頭折り込み、pp.161-183.
  22. 「会員新刊紹介:松本宣郎『キリスト教徒が生きたローマ帝国』日本キリスト教団出版局、2006年5月」『キリスト教史学』第61集、平成19(2007)年7月、pp.254-5.
  23. 「東方的修道像の登場:戸田聡著『キリスト教修道制の成立』を読む」『創文』NO.511、平成20(2008)年8月、pp.11-14.
  24. 長谷川輝夫と共著「阪本浩他共編『ソシアビリテの歴史的諸相:古典古代と前近代ヨーロッパ』(キリスト教歴史双書21)南窓社、2008年2月」『ソフィア』第58巻第1号、平成21(2009)年、pp.97-99.
  25. 「保坂高殿『ローマ帝国中期の教会と国家:キリスト教迫害史研究 193-311年』教文館、2008年3月」『史林』第92巻第5号、平成21(2009)年、pp.135-141.
  26. リサーチペーパー「北アフリカ、キリスト教からイスラームへ:研究の現状と問題点」三代川寛子編著『東方キリスト教諸教会:基礎データと研究案内(増補版)』SOIAS Research Paper Series, no.9、平成25(2013)年、p.256-259.
  27. 書評「ポール・ヴェーヌ(西永良成・渡名喜庸哲訳)『「私たちの世界」がキリスト教になったとき』岩波書店、2010年9月」『西洋史学論集』50、平成25(2013)年、pp.154-157.
  28. ウェブ版論文:「はじめに」、「【余滴】関連貨幣・切手資料紹介:今年は何の年?」『第16回キリスト教考古学学会国際大会「コンスタンティヌス帝とその後継者の時代」参加記』(http://pweb.sophia.ac.jp/k-toyota/atelier/constantinus_1700.pdf:2014/4)
  29. 豊田浩志・加藤磨珠枝・藤井慈子「第十六回キリスト教考古学会国際大会参加記」『ソフィア』241号(第61巻第1号)、平成26(2014)年、pp.53-61.
  30. 「『群像』を二倍?愉しむ方法、または、私の体感的読み方」『西洋古典叢書月報』109、京都大学学術出版会、平成26(2014)年、pp.2-5.
  31. 「古代ローマ・トイレの落とし穴」『日本トイレ協会ニュース』No.15-1、平成27(2015)年、掲載予定.
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学会発表等:

  1. 「エウセビオスの『教会史』叙述に関する一考察」広島史学研究会大会西洋史部会(広島大学:広島)、昭和46(1971)年10月31日.
  2. 「いわゆる『ディオクレティアヌスの大迫害』に関する一考察」中国四国歴史学地理学協会大会西洋史部会(岡山大学:岡山)、昭和48(1973)年12月2日.
  3. 「シンポジウムに向けて:後期ローマ帝国における支配構造の変質過程」広島史学研究会月例会(広島大学:広島)、昭和49(1974)年6月1日.
  4. 「共通論題報告『古代国家とイデオロギー』」広島史学研究会・中国四国歴史学地理学協会大会(広島大学:広島)、昭和49(1974)年10月26日.
  5. 「ジョイント発表『テトラルキアとキリスト教大迫害』」日本西洋史学会第26回大会第一部会
    (東京女子大学:東京)、昭和51(1976)年5月16日.
  6. 「『大迫害』直前の腸卜不調事件をめぐる一考察」キリスト教史学会第29回大会(平安女学院短期大学:京都)、昭和53(1978)年9月16日.
  7. 「Gallienusの所謂『キリスト教寛容令』について」日本西洋古典学会第30回大会(日本大学文理学部:東京)、昭和54(1979)年5月27日.
  8. 「ウァレリアヌスのキリスト教迫害をめぐって」中国四国歴史学地理学協会研究会大会第一部会(愛媛大学:松山)、昭和55(1980)年12月7日.
  9. 「FULVIUS MACRIANUSとウァレリアヌスのキリスト教迫害の関連性をめぐって」広島史学研究会・中国四国歴史学地理学協会研究会大会(広島大学:広島)、昭和56(1981)年11月1日.
  10. 「紀元三世紀におけるローマ帝国とキリスト教」日本西洋史学会第34回大会第一部会(青山学院大学:東京)、昭和57(1982)年5月16日.
  11. 「『キリスト教皇帝』フィリップス・アラプスをめぐって」キリスト教史学会大会第34回大会(日本大学経済学部:東京)、昭和58(1983)年9月24日.
  12. 「紀元3世紀におけるササン朝ペルシアとローマ帝国:シャープール1世の磨崖浮彫をめぐって」中国四国歴史学地理学協会研究会大会西洋史部会(岡山大学:岡山)、昭和59(1984)年10月21日.
  13. 「共通論題『ローマ帝国とキリスト教』:紀元三世紀中葉のローマ帝国とキリスト教:『ローマ建国一千年祭』とPhilippus Arabs」西洋史研究会大会(東北大学文学部:仙台)、昭和59(1984)年11月18日.
  14. 「シンポジウム『迫害と殉教』:紀元三・四世紀におけるローマ帝国とキリスト教」キリスト教史学会第36回大会(青山学院大学:東京)、昭和60(1985)年9月20日.
  15. 「紀元三世紀後半のローマ帝国とキリスト教」中国四国歴史学地理学協会研究会大会西洋史部会(四国学院大学:善光寺)、昭和60(1985)年11月23日.
  16. 「エウセビオス『教会史』叙述の信憑性に関する一考察」日本西洋古典学会第41回大会(同志社大学今出川校舎:京都)、平成2年(1990)6月10日.
  17. 「『大迫害』関係の新発見碑文をめぐって」上智史学会月例会(上智大学:東京)、平成 2年(1990)6月30日.
  18. 「シンポジウム『今、なぜキリスト教史なのか』第二部:ローマ史から見た初代キリスト教」キリスト教史学会第41回大会(関西学院大学、三田)、平成2(1990)年9月12日.
  19. 「ディオクレティアヌスによる『大迫害』原因論再考」広島史学研究会・中国四国歴史学地理学協会研究会大会西洋史部会(広島大学:広島)、平成3年(1991)10月27日.
  20. 「皇帝ウァレリアヌスのペルシア捕囚をめぐる一考察」上智史学会大会西洋史部会(上智大学:東京)、平成 3年(1991)11月24日.
  21. 「シンポジウム:キリスト教徒迫害研究の現在」古代解放史運動研究会・歴史学研究会ヨーロッパ古代史部会サマーゼミ(専修大学神田校舎:東京)、平成6年(1994)8月29日.
  22. 「シンポジウム:古代キリスト教とセクシュアリティ」キリスト教史学会第45回大会(東海大学湘南校舎:平塚)、平成 6年(1994)9月16日.
  23. 「学術講演:ローマ帝国の『キリスト教大迫害』の政治的背景」愛知学院大学史学会講演会(愛知学院大学:名古屋)、平成 6年(1994)12月1日.
  24. 「地下のイタリア ITALIA SOTTERRANEA:ナポリ聖ロレンツォ・マッジョーレ教会地下遺構、ポンペイ新発掘の製粉所とロバ小屋」古代史の会月例会(東京大学山上会館:東京)、平成8年(1996)6月14日.
  25. 「地下のローマ ROMA SOTTERRANEA:聖マルコ教会地下遺構」キリスト教史学会関東支部会(銀座談話室:東京)、平成8年(1996)12月7日.
  26. 「ポンペイ新発掘の製粉所とロバ小屋」上智史学会月例会(上智大学オリエンテーションキャンプ:東山荘)、平成9(1997)年4月6日.
  27. 「ペルペトゥア殉教者伝をめぐって」上智史学会第48回大会(上智大学:東京)、平成10(1998)年 11月22日.
  28. 「『ペルペトゥア殉教者行伝』をめぐる一考察:「兄弟・姉妹」の意味するもの」日本西洋史学会第51回大会(東京都立大学:東京)、平成13(2001)年5月13日.
  29. 「『ペルペトゥア殉教者行伝』をめぐる一考察:「幻視」を中心に」キリスト教史学会第52回大会(梅花女子大・短期大学:茨木)、平成13(2001)年9月29日.
  30. 「殉教者と北アフリカ:ペルペトゥアはキリスト教徒といえるのか─及び、西洋古代史でのパソコン利用の一試行作業」古代史の会月例会(東京大学文学部:東京)、平成13(2001)年12月21日.
  31. 「文書史料の落とし穴:古代末ユダヤ教会堂舗床モザイクをめぐって」広島史学研究会・中四国歴史学地理学協会研究大会西洋史部会(広島大学:東広島市)、平成14(2002)年11月10日.
  32. 「古代末におけるユダヤ教と図像学:会堂舗床モザイクをめぐって」上智史学会第52回大会西洋史部会(上智大学:東京)、平成14(2002)11月17日.
  33. 「サンチャゴ巡礼における史実と伝承:使徒ヤコブの墓所をめぐって」文部科学省科学研究費関科研「環地中海世界の聖地巡礼と民衆信仰」首都圏小研究会(上智大学:東京)、平成15(2003)年12月6日.
  34. 「使徒大ヤコブの墓所の考古学的知見をめぐって」京都古代史研究会(京都大学:京都)、平成15(2003)年12月14日.
  35. 「歴史学と考古学のはざまで:サン・ピエトロ大聖堂地下のマウソレオMを中心に」上智史学会月例会(上智大学:東京)、平成16(2004)年4月17日.
  36. 「ローマのサン・ピエトロ大聖堂と古代の巡礼」文部科学省科学研究費関科研「環地中海世界の聖地巡礼と民衆信仰」第7回首都圏小研究会(上智大学:東京)、平成17(2005)年3月6日.
  37. 「ローマのサン・ピエトロ大聖堂地下異教霊廟群をめぐって」日本西洋史学会第55回大会古代史部会(神戸大学:神戸)、平成17(2005)年5月15日.
  38. 「2005年度Ostia遺跡現地調査報告(2)トイレと浴場の密接なる関係をめぐって」上智史学会月例会(上智大学:東京)、平成17(2005)年10月22日.
  39. 「3、4世紀のキリスト教迫害」西洋史研究会大会共通論題報告「ローマ帝政期のキリスト教:保坂高殿『ローマ帝政初期のユダヤ・キリスト教迫害』をめぐって」(青山学院大学:東京)、平成17(2005)年11月20日.
  40. 「2006〜7年度オスティア遺跡調査報告」上智史学会月例会(上智大学:東京)、平成19(2007)年6月9日.
  41. 「パラティヌス丘のグラフィティをめぐる一考察」広島史学研究会大会西洋史部会(広島大学:東広島市)、平成19(2007)年10月28日.
  42. 「オスティア・アンティカにおけるトイレと水回りについて」文部科学省科学研究費坂口科研「古代ローマ都市オスティア・アンティカの総合的現地調査」第1回研究会(上智大学:東京)、平成20(2008)年6月29日.
  43. 「歴史学とドキュメンタリー:イエス一族の墓発見!?」上智大学史学会月例会(上智大学:東京都)、平成21(2009)年7月11日.
  44. 「315年打刻Ticinum造幣コンスタンティヌス貨幣をめぐって」上智大学史学会月例会(上智大学:東京都)、平成24(2012)年7月7日.
  45. 「312年10月28日のコンスタンティヌス」広島史学研究会大会西洋史部会(広島大学:東広島市)、平成24(2012)年10月28日.
  46. 「コンスタンティヌス大帝巨像をめぐって」第11回古代史研究会(京都大学:京都市)、平成24(2012)年12月16日.
  47. 「オスティア遺跡「七賢人の部屋」壁面文字情報」上智大学史学会大会西洋史部会(上智大学:東京都)、平成26(2014)年11月16日.
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学歴

1966(昭41)年3月学校法人広島学院高等学校卒業(5期生)
1970(昭45)年3月広島大学文学部史学科西洋史学専攻卒業(文学士)
1972(昭47)年3月広島大学大学院文学研究科修士課程西洋社会史専攻修了(文学修士)
1977(昭52)年3月広島大学大学院文学研究科博士課程西洋社会史専攻単位修得退学
1997(平 9)年7月広島大学より博士(文学)の学位記 を授与さる
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職歴

1977(昭52)年 4月文部教官広島大学助手文学部
1978(昭53)年 4月美作女子大学(現・美作大学)家政学部専任講師(歴史学)
1981(昭56)年10月同助教授
1988(昭63)年 4月上智大学文学部 史学科助教授
1991(平 3)年 4月同教授 現在に至る
1995(平 7)年 4月教皇庁立グレゴリアナ大学特別研究員(〜1996年3月)
2003(平15)年 4月教皇庁立グレゴリアナ大学特別研究員(〜2004年3月)
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学会活動

1970(昭45)年 4月〜広島史學研究会会員
1970(昭45)年 4月〜中国四国歴史学地理学協会会員
1972(昭47)年 4月〜日本歴史学協会会員
1973(昭48)年 4月〜広島大学西洋史研究会(現・広島西洋史学研究会)会員
1974(昭49)年 4月〜キリスト教史学会会員
1975(昭50)年 4月〜日本西洋史学会会員
1976(昭51)年 4月〜日本西洋古典学会会員
1987(昭62)年 4月〜古代學協会会員
1988(昭63)年 4月〜上智大学史学会会員・理事
1989(平元)年 4月〜地中海学会会員
1991(平 3)年 9月〜キリスト教史学会理事(〜2003/9)
1995(平 7)年 4月〜日本歴史学協会監事(〜1997/4)
1996(平 8)年11月〜古代世界研究会会員(古代解放運動史研究会改称)
1997(平 9)年 4月〜広島史學研究会評議員
1997(平 9)年 4月〜日本歴史学協会常任委員
1997(平 9)年 9月〜キリスト教史学会専務理事(〜2000/9)
2004(平16)年 4月〜上智大学史学会会長
2012(平24)年 4月〜日本トイレ協会会員
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最近の特記事項:

  1. 平成15(2003)年4月よりサバティカルでローマに滞在し、各巡礼教会等を訪問。
    レンタカーで8/2ミラノを発してMonza、Saint Maximin-la-Ste.Baum、Arles、Sante-Maries-de-la-Mer、Lourdesのイタリア・フランスゆかりの聖地を歴訪したのち、8/6-29にかけてサンティアゴ巡礼をサン・ジャン・ピエード・ポートから徒歩で開始し、約500Km歩いてレオンで終了。
    あとバスでAstorga、Ponferradaを経由してサンティアゴに入り、最西端Fisterraも訪問した。

  2. 平成16(2004)年8月10日から23日にかけて、前年歩き残したレオンからサンティアゴまでの311Kmを徒歩巡礼し、各所で関係資料を入手することができた。
    その後、サンティアゴおよびその周辺の聖地を歴訪し、資料を入手、および多くの知見を得ることができた: Padron訪問(8/24)、サンティアゴ大聖堂地下遺構の研究者見学 (8/25)、 Fisterra訪問(8/26)、Pino山訪問。
    その後、バルセロナに移動して、聖地Monserrato、タラゴナの殉教者記念聖堂訪問(8/29-30)を果たしたのち、8/31ローマに移動し、約一週間滞在して、ここでも関係資料多数を入手することができた。

  3. 平成17(2005)年8月21-30日にかけてチュニジアを再訪、アウグスティヌスゆかりの聖キプリアヌス記念聖堂等を歴訪、その後イタリアに移動して9/13まで滞在し、サンピエトロ大聖堂その他を訪問、また関係資料を収集した。

  4. 平成17(2005)年12月24日-翌年1月4日までイタリアに滞在し、レンタカーで南イタリア半島を一周、バーリのサン・ニコーラ記念聖堂をはじめとし、各地の巡礼教会および古代遺跡を訪問して各種資料を収集した。

  5. 平成18(2006)年3月15-22日にかけて、イスラエル旅行のツアーに参加し、ガリラヤ湖周辺地域、死海、エルサレム、その他の聖地巡礼をおこなった。
    これで地中海のキリスト教三大聖地訪問を達成。

  6. 平成18(2006)年8月9日-9月6日にかけて渡伊。
    ミラノの主要教会・博物館を再訪したのち、レンタカーでドナウ川沿いをめざして移動。
    スイスではテーバイ軍団殉教の地サン・モリッツに寄るが収穫ないままザンクト・ガレンをへて、ドイツ・オーストリアへ。
    ドナウ川沿いに移動し、ウィーン経由でカルヌントゥムから南下してイタリアに戻り、アクイレイア・トリエステ、そしてラヴェンナ経由でローマ帰着。
    パレストリーナ、ヴィッラ・アドリアーナを訪問した後、シチリア島に向かい、ピアッツァ・アルメリーナ、パレルモ、ソルント遺跡を見学、帰路ポンペイとエルコラーノを調査し、ローマ帰着。
    オスティア遺跡調査のかたわら、テルメ博物館で碑文調査に従事した。

  7. 平成18(2006)年12月23日から平成19(2007)年1月7日にかけて、イタリアに滞在。
    今般の渡伊は、「ニッセイ財団」の研究助成によるもので、主としてオスティアとポンペイの水利関係の表面調査が対象だったが、かなりの成果を収めることができた。
    そのほか、12月24日には、サン・パオロ・フオリ・レ・ムーラ(城壁外の聖パウロ)聖堂で公開が始まった使徒聖パウロの石棺を見学、同30日には、これも公開されたバチカン市国内の異教共同墓地群の見学をすることができた。

  8. 平成19(2007)年8月8-17日まで連合王国に滞在し、レンタカーで主としてハドリアヌスとアントニヌスの長城付近を見学した。その後オランダのアムステルダムに飛び、18日からレンタカーでライン河を遡上、ケルン、トーリア、フランクフルトから特別にバート・クロイツナハに寄ったのち、アーレンにかけて主要なリメスを見学。これでローマ帝国北辺国境の西部踏破達成。
    アルプス山脈を越えて23日にイタリアに入る。同日ヴォルテッラを経由してトスカーナのスヴェレート近くの宮下秀之氏が経営のブリケッラ農園に宿泊。2日ほどアグリツーリズモを楽しんで、25日にスートリ遺跡経由でローマ入城。学生と合流後いつものようにポンペイ遺跡付近を見学した後、レンタカー返却のためにアムステルダムまで走破して、9/5成田着。

  9. 平成20(2008)年8月17日から9月4日にかけて、イタリアに滞在。今般は、平成20年度文科省科研基盤研究B「古代ローマ都市オスティア・アンティカの総合的研究」(研究代表者:坂口明・日本大学教授)によるもので、日本から初めての公式調査隊として遺跡調査に参加し、主として下水構造に関する表面調査に従事したほか、非公開のCassegiato di Diana, Casa delle volte Dipintiその他、さらにはPorto di Traiano と Isola Sacraを見学することもできた。それに先立ちポンペイ遺跡で一般公開されていないメナンドロスの家その他2カ所を含め見学した。

  10. 平成21(2009)年 昨年に引き続き文科省科研基盤研究(B)の研究分担者として、2009年8月30日から9月11日までイタリア共和国ローマ郊外のオスティア・アンティカ遺跡の現地調査に従事し、考古遺跡管理事務所の好意的支援を受けることができ、多大な収穫をえることができた。また恒例となっているナポリ湾岸の遺跡見学も行った。

  11. 平成22(2010)年 研究代表者として申請した科研基盤研究(B)「古代イタリア半島港湾都市の地政学的研究」(3年間)が採択されたので、2010年8月末からイタリア共和国のオスティア・アンティカ遺跡の他、ナポリ湾岸の諸遺跡の先行調査をおこなった。(ゼミ生4名同行)
      また2010年度上智大学ソフィア国際シンポジウム申請も承認されたので、11月13日に2号館国際会議場で、「遺跡保存の現在:文化遺産とナショナリズム」をテーマに、イタリアから3名、イギリスから2名の海外報告者もえて、開催した。これは日大坂口科研と合同企画だった関係で、東京(3箇所)・神戸・京都・福岡と、6回の連続シンポジウムの一環という位置づけで、日本を縦断して無事終了した。

  12. 平成23(2011)年 3.11の東日本大震災は、個人的には広島の実家に一人住まいしていた母がくも膜下出血で倒れるという事態を出来させた。そのため、夏期休暇の調査旅行は全部キャンセルすることになる。
      秋期に約半年のサバティカル休暇を許され、研究に専念する機会があたえられ、それにより、西欧で現在進行中のコンスタンティヌス大帝1700年記念祭関係にテーマを絞ることができた。

  13. 平成24(2012)年 すっかり恒例となったイタリア行きであるが、今回は院生学生4名の同行者があり、科研の現地追加調査を、ローマ、オスティア・アンティカ、ナポリ湾沿岸でおこなった。それに先立ちまず、コンスタンティヌス大帝1700年記念予備調査がらみで、ミラノからパヴィアも訪問する機会をえた。そのわけは『歴史家の窓辺』をお読みください。そこはアウグスティヌスの遺体が保存されているサン・ピエトロ・イン・チエル・ドーロ教会もあって、もちろん訪問した。
      ミラノで開催中の展覧会「Costantino 313d.C」を見学すべく2012年12月末から翌年1月の冬休み中に渡伊した。折しも多くの施設や遺跡が公開されていて、見学が容易で参考になった。同時に、312年関連で注目されているローマ北方のMalborghettoの「四面門」からPrima Porta、Milvius橋にかけての古戦場を実地踏破して、現地状況の把握に努めた。

  14. 平成25(2013)年 こうして事前研究であらかた調査が終わっていたところに、4月になって文科省科研基盤研究(B)「コンスタンティヌス大帝研究:1700周年記念における新展開」(3年間)が採択され、これまでの予備調査が陽の目をみることになる。
      8月21日から9月7日まで渡伊し、ローマのコロッセオで開催の「Costantino 313d.C.」見学とそれに関する諸遺跡を再訪、Pyrgi古代船舶博物館見学(チビタヴェッキアのトラヤヌス浴場は休園で空振り)、ナポリ北方面のAqua Augusta水源調査も試みた。9月下旬開催の教皇庁立キリスト教考古学協会国際シンポジウムには参加できなかったが、在伊の卒業生藤井慈子を通じて情報を得ることができた。

  15. 平成26(2014)年 3月後半実施のOstia Anticaでの堀教授の追加調査により、港湾都市関係の坂口・豊田科研の研究成果の一端を、まずウェブ上に公表した。
    8/27から9/14まで渡伊し、例年通りローマ、オスティア、ポッツオリ方面で調査すると共に(同行者8名)、本年度から開始の文科省科研基盤研究(B)「ポンペイとエルコラーノの都市システム研究:物流、消費、廃物処理」(研究代表者:池口守・久留米大学准教授:3年間)で、ポンペイ、エルコラーノで研究者見学が実現し、かなりの成果を収めることができた。
    学科の仕事として、史学科HP「上智大学史学科 情報サイト」を企画しアップした。
    また、奈良大学の西山要一教授の参加を得て、2015年3月13-19日に渡伊し、オスティア・アンティカ遺跡の「七賢人の部屋」の壁面文字の赤外線撮影を試みた。

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上智大学での担当科目

史学科専門科目:
  • 西洋史概説I(1年選択必修:春期2単位)
  • 史学教養演習(2年選択必修:春期2単位)
  • 原書講読演習(2年選択必修:秋期2単位)
  • 西洋史演習I(古代史)(3〜4年選択必修:春期2単位)
  • 西洋史演習I(古代史)(3〜4年選択必修:秋期2単位)
  • 西洋史特講(古代ローマ史)(2〜4年選択必修)【非常勤】
大学院担当科目:
  • 西洋史学古代演習I(春期2単位)
  • 西洋史学古代演習II(秋期2単位)
  • 西洋史学古代特研I(春期2単位)
  • 西洋史学古代特研II(秋期2単位)
  • 修士論文演習Ia(春期2単位)
  • 修士論文演習Ia(秋期2単位)
  • 博士論文演習I(春期2単位)
  • 博士論文演習I(秋期2単位)
» 講義情報&参考情報
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