上智地球環境学会編 『地球環境学』NO.4 2008年12月24日発行
内発的発展論の理論的射程と照準
――再普遍化論に向けての事例研究と共に
上智大学地球環境大学院教授 大和田滝惠
概要
政策立案にあたっては、まず、その国・地域の発展に適合した内発的発展の考え方を基本姿勢に据えることが重要である。しかし、同時に、外界・海外との交流をもとに国際間のニーズを共鳴させ、協調し合って一段階高い発展基盤を作り上げようとする内発的外向型発展の政策モデルを模索していくことが重要になってくる。
また、他の国・地域にも普遍的に適用でき、国際社会で共有されるべき価値を持つ内発的普遍主義を模索していくことが最大の主題となる。国際社会の中で普遍化に堪え得る発展政策の確立を目指して、その実証事例を中国環境問題の事例研究によって示したい。
私が提案したいのは、産業廃棄物からレアメタルなどを再資源化することに対して排出権を付与することである。再資源化が省エネにもつながるという認識を温暖化防止の「ポスト京都」の枠組みに加えることが合理的なのではないか。中国などの途上国が資源再生によって排出権が得られることになれば、途上国内のリサイクル市場も拡大するので、途上国が頭を痛めている産業廃棄物の適正処理も進み、環境汚染の緩和にも役立つ。
From an Endogenous Development Theory to an Endogenous
Universalism
Takiyoshi OHWADA
Abstract
At first, as for the policy making, the way of thinking of the endogenous development that fits the development
of the respective region is important. However, it is becoming necessary to seek for the policy model of
endogenous-extrovert type development simultaneously. This can be made possible
by building a higher step development base by the interchange with the external world and overseas, and
mutual needs are made to resonate internationally, and cooperate with each
other, to solve development issues.
Moreover, it becomes the relevant subject to grope for endogenous
universalism that holds common values and can be applied in any region or
community in the world. Aiming at the establishment of a development policy that can be worthy of generalization in the global
community, I would like to show the actual proof by the case study of the
I would like to propose the introduction of a system that gives
emission rights for extracting and recycling rare metals from industrial waste.
It is surely reasonable to include in the post-Kyoto Protocol framework the
awareness that recycling contributes to energy conservation as well. If
developing countries such as
内発的発展論の理論的射程と照準
――再普遍化論に向けての事例研究と共に
一 近代化論からの内発的発展論の進捗
1 グローバリゼーションと2つの異なる普遍主義
2008年の夏、農産物と鉱工業品の関税や補助金を削減し、世界共通の貿易自由化ルールを定めようとして開催された世界貿易機構(WTO)の閣僚会議が合意に至らず、決裂に終わった。中国やインドが、農産物の輸入が急増した場合の緊急輸入制限措置を発動しやすくすることと、アメリカに自国農業優遇の補助金を削減するよう求めたのに対して、輸入制限の乱用につながりかねない緊急措置の発動要件を限定しようとしたアメリカの主張との間で、対立が解けなかったからである。
緊急輸入制限措置は、発展途上国が農産物について発動できる特別セーフガードが2004年にWTO協定の中に規定されたが、具体的な発動要件は明確には決められていない。(1) しかし、その趣旨は輸入の急増による途上国の脆弱な国内産業への悪影響を防ぐことにあり、途上国にとって比重の大きい農業を守るために一時的に輸入関税を引き上げて輸入量の制限ができる最低限の対抗手段と思しきものだが、それを無効にしてしまう大幅な市場開放を迫るアメリカの姿勢は不当であろう。
市場を開放し貿易を拡大することが世界経済の発展、そして各国経済の発展につながると考える大義のもと、各国の事情を考えず外発的に一律の基準を当てはめようとするWTOの外発的普遍主義が推進される中で、途上国の対抗姿勢のみならず、WTOの推進役である先進国でさえ国内産業や環境を死守しようと、自国の事情を考慮した内発的な発展志向が交錯する事態となっている。
1997年、成長ホルモン剤を投与したアメリカ産牛肉にEUが輸入禁止措置をとったことに対して、アメリカがWTOに提訴し、その主張が承認される裁定が下された。このようにWTOが暴走するとき、国内あるいは域内で自ら決めるべき食品などの安全基準でも、公正の視点から世界的に同質の制度を目指す国際標準化によって、各国・各地域に適合的な自主体制を脅かすことになる。(2) 国際的に制度の統一整合化を進める必要があるとしても、それによって大きな弊害が出るのであれば、個別の貿易制限効果を削減することは許容できるはずがない。例えば近年、輸入野菜の増加に伴う残留農薬基準値を超える外国野菜の急増に対して、輸入制限をしないわけにはいかない。他にも、国内事情からすぐには門戸を開放できず、輸入制限しなければならない農産物がある。
今回のWTOの閣僚会議で、日本は例外的に高い関税の設定が認められる農産物の「重要品目」を全農産物の最大でも6%に抑えるよう求められた。低関税で輸入が義務づけられる品目の拡大を迫られたのである。日本は目下、高い関税を設定している農産物はコメ、小麦、乳製品、砂糖など125品目あり、全品目の9.4%に上る。そのため、日本は当初10%以上の高関税枠の確保を強く主張していた。しかし、日本に同調する国はほとんどなく、8%までは譲歩せざるをえないと覚悟を決めたところで、冒頭に述べたように全体交渉が決裂に終わったため、妥協を免れる結果となった。かりに会議が決裂しなかったら、6%では国内農業が大きな打撃を受けかねないと反発しながらも、それが議長の最終調停案でもあることから、孤立無援の日本は、結局は受け入れに傾いたに違いない。
日本経済の不況色が強まる中、かりに大幅な関税の引き下げで安い農産物が大量に流入することになっていたら、農家の経営破綻、雇用の喪失につながり、WTOの外発的普遍主義によって日本は厳しい状況に立たされることになったであろう。欧米のWTO推進国は日本に対して、高い関税で農産物を保護する農業保護政策の転換を突き付けたのであるが、自国農業を守ることは国内の自然環境を守ることでもある。もちろん、保護政策に甘んじることの弊害は改めるべきだが、WTOの市場開放主義は一方的な門戸開放を迫って環境破壊を顧みないことも確かである。環境保護を目的とした規制措置に対しても非関税障壁とみなし、国内基準の撤廃あるいは緩和を迫ってくる。(3) ここからも、WTOの外発的普遍主義とは、その国や地域の事情を考えず、弊害が出ても外発的に一律の基準を当てはめようとする普遍主義であることがわかる。
本稿では、ある国・地域が発展しようとするとき、外界との交流は必要かつ有用であることから、どうしても普遍主義と接点を持たなければならないのだが、それが外部勢力に主導権を取られ従属的な発展の仕方を強いられる外発的普遍主義ではなく、いかに自らの国・地域に適合的で主体性をもって独自の創造性を発揮できるような内発的普遍主義を模索していくかを最大の主題とする。その前に、WTOの事例で示したように、ある国・地域の発展が外部勢力に触発されることで弊害が出る外発的発展は、そのままの形で世界に行き渡らせる普遍化への絶対的価値を持たないため、その修正が必須であり、その国・地域に適合的な内発的発展による普遍主義の適応論を最初に取り上げる。その次に、内発的発展における外界との交流に関して国際的な協調の方に重心を移した内発的外向型発展を取り上げ、内発的発展論の理論的進展の可能性を探ってみる。これらはいずれも、中国環境問題の具体的な事例研究によって実証的に示していく。
2 内発的発展、内発的外向型発展、内発的普遍主義――3つの有用な発展モデル
内発的発展は原初的には、一国社会の中の集権的な近代化政策の推進がもたらした弊害を地域から修復する異議申し立て運動として立ち現れた。しかし、グローバリゼーションが世界を駆け巡る中、先に示したWTOのような外発的な触発の事例が蔓延していることから、今日の世界では国際社会の文脈で内発的発展を模索すべき比重が高まっている。その際、地域住民あるいは国民の政府に対する異議申し立て運動の代わりに、一国社会と国際社会との間の問題となり、一国の政府が政策の一環として国際社会の動きを自国に適応させる内発的発展を試みることになる。
内発的発展とは、改めて定義すると、異なる個性を持つそれぞれの社会が、固有の自然環境に基づき、既存の経験と外来の文物とを交流させる中で双方を創り変え、現実問題を解決するため独自に創出する社会変化である。理論的には、地球上すべての社会に適用できる一般理論によって普遍主義を目指すアメリカ構造機能主義社会学の近代化論に対抗し、内発的発展論は反普遍主義の立場から多様な発展経路の実地検証によって多系的発展の可能性を模索してきた。(4)
国も自治体も国際化が進む中、政策立案にあたっては、まず、その国・地域の発展に適合した内発的発展の考え方を基本姿勢に据えることが重要である。しかし、同時に、外界・海外との交流をもとに国際間のニーズを共鳴させ、協調し合って一段階高い発展基盤を作り上げようとする内発的外向型発展の政策モデルを模索していくことが重要になってくる。内発的発展では外来の諸要素を創り変えて自国のために活用することに重きを置くが、内発的外向型発展は自国の強みを活かして外界・海外に打って出る方に主眼がある。しかし、内発的外向型発展では、いっそう積極的に外界・海外との交流を目指すが、それは内発的に進めるため、発展戦略の主導権を外部勢力に掌握されないようにすることで、外発的発展とは概念的に異なる点を確認しておきたい。(5)
中国では改革開放政策が進展するにつれて、自身の主体性を基礎に態勢を外向きにして外国の技術や管理方法、資本や人材を取り入れることに意が用いられてきた。自らの国・地域の状況に即して、国内の充実を図るという内発的な動機が根底にある国外輸出のための技術移転や外資導入を重視した。それがやがて国際市場の席捲の方向へ機能する内発的外向型発展の発展モデルが、部分的にせよ、中国で散見できることは確かである。(6)
先ほど、いかに内発的普遍主義を模索していくかが本稿の最大の主題であると述べたが、もともと目指さない普遍主義を主な目標とするには内発的発展は限界があるにもかかわらず、それでもなぜ、内発的でありながら、普遍主義の模索でなければならないのかについて、触れておきたい。また、限界の中で内発的発展が果たすべき役割があるのはなぜかについても、明確にしておきたい。
普遍主義の追求が最終の目標である理由は、それが外界との交流に欠かせないという手段としての観点に止まらない。世界に出現した新しい価値を相互に学び合うことが最終目標とならなければ、発展はなくなるからである。世界に出現した新しい価値を相互に学び合うとは普遍主義のことだが、それは西欧出自の近代化だけでなく、非西欧の西欧に優越した価値も含まれる。すると、内発的発展とは洋の東西を問わず価値の伝播に伴う外発的な弊害を是正する役割が主な任務となってくることが明白となる。
理論的には、なぜ内発的発展論は近代化論と対等ではなく、従属的な位置にあるのかという問題である。内発的発展論の真骨頂は、それぞれの国・地域に適合的な発展を目指す、適応性の良し悪しにある。すると、発展の本体に関して、それが適合的な発展であるかどうか、適応性はどうかということが問題となり、発展の本体は別に存在しなければならない。当初から適合的な発展、適応性を意識した発展を目指したとしても、かりにそれが適合的とか適応性とかに失敗した場合の、いわば荒削りの発展そのものは存在しているはずである。だから、内発的発展論というのは脚色あるいは改修にすぎない適応論ということになる。つまり、どこの国・地域でも一方的に目指されている近代化、非西欧の価値をも含む最新式化としての近代化の動きが厳然としてあることは否定できない。(7) そうした近代化の本体はどこにでもあるが、すなわち、どこでも近代化を推進したくて推進しているが、それが適合的か、適応性がどうかということだけが問題となっているのである。その問題となることに対して存在意義があるのが内発的発展論である。逆に、ただそれだけの存在意義だとも言えよう。近代化の本体がなければ、改修の必要もない。本体がなければ存在さえしない議論だから、内発的発展論は発展論としては従属的な存在だということになる。しかし、近代化の本体がなくなることはあり得ず、すると改修の必要が生じるため、内発的発展論の存在意義は消滅することがない。
そこで、内発的発展論の存在意義を有効に活かし、その役割を充分に取り込んで内発的普遍主義の模索を進めていくことが重要となってくる。国際社会の中で他の国・地域にも適用できる普遍化に堪え得る政策の確立を目指して、その実証事例を中国環境問題の事例研究によって示したい。
二 内発的発展による普遍主義の適応論
まず、中国で最も深刻な環境問題の1つである廃家電・廃PCなど電子廃棄物の回収処理体制を事例に取り上げ、その国・地域に適合的な内発的発展による普遍主義の適応論について実証的に示していく。この場合、普遍主義とは、先進国で普及している廃家電および電子廃棄物の回収処理体制である。そうした国際社会での普遍化の動きを取り入れる際に、いかに自国に適応させる形で受容することによって弊害がなく、より順調に問題の解決を図るかというのが内発的発展の適応論である。先進国の回収処理体制を導入するにあたって、中国では廃家電・廃PCなどの価値についてどのように考えられているかがポイントとなる。
中国の消費者は、日本では例えば廃家電・廃PCなど処理費用を付けて廃棄するようなものでも、回収業者が有料で引き取り、また中古市場が発達しているため、有価物としての旧家電・旧PCと考えていることが多い。(8) 日本の消費者は、日本の法律が廃棄物に有価物は含まないとしている規定と同じように考えている。しかし、有害廃棄物の国際移動を規制するバーゼル条約では廃棄物は有価物を含むとしており、日本以外のアジア諸国の有害廃棄物規制法でも当条約の考え方に沿っている。中国も基本的には同様であり、消費者の認識も一致している。日本のように消費者が処理費用の徴収を受け入れる態勢はなく、逆に引き取りの見返りを求めようとする。この点は意外にも大問題であり、中国での廃家電および電子廃棄物の回収処理については、先進国から回収処理の枠組みは導入するものの、中国の事情に適合した体制を構築することが必要となっている。以下は、その模索事例である。(9)
中国モデルの廃家電・電子廃棄物の回収処理体制
中国では現在、廃家電および電子廃棄物の回収処理に関する条例「廃旧電器電子産品回収処理管理条例」が検討されており、成立に向けて大詰を迎えている。家電メーカーに原材料の回収・再利用を前提とした製品構造や生産方法の採用を義務化し、販売店に対しても廃棄製品の回収責任を規定することが予定されている。上述のように消費者が処理費用の徴収を受け入れる態勢がなく、中国では回収処理体制の確立自体が難しいことから、中国に適合的な回収処理体制を構築するのに有用な社会的実験が始まっている。
2007年1月から中国国内で初めて、家電量販店の蘇寧北京分公司と、同じく活動の本拠を北京におく中国華星集団公司傘下の廃棄物処理企業である華星集団環保産業発展有限公司とが共同して廃家電回収システムを立ち上げた。そのために、蘇寧が毎月、家電販売で下取りした廃家電の処理を華星環保に依頼する「廃家電回収戦略合作枠組み協約」を結んだ。当プロジェクトは中国政府肝入りの「廃旧電器電子産品回収処理利用全国テスト」であり、中国華星集団公司は「廃旧電器電子産品回収処理管理条例」の起草主体の1つとなっており、華星環保は国家発展改革委員会による当条例案のテスト実施認可企業の1つとなっている。
具体的には、消費者は廃家電を北京地区の28の蘇寧販売店のどれか1つに渡し、消費者が当該販売店で家電製品を購入する際に蘇寧から一定の価格補償を受ける。そして、蘇寧は回収した廃家電を華星環保に渡し、華星環保は蘇寧に一定の費用を支払う。ただ、華星環保の資金には限りがあり、当廃家電回収システムでは蘇寧の方に損失が発生する。そこで、条例以外に中国では目下、「廃旧電器電子産品回収処理専用基金」の設立が模索されている。家電メーカーや量販店が生産および販売量に基づき、一定比率の廃家電処理費用の配分を受け、華星環保のような処理企業も適正に運営されるための措置がとられようとしている。
国家発展改革委員会は廃家電回収処理産業のテスト地点を北京、天津、青島、杭州の4箇所に定め、華星環保は北京地区を担当している。中国は家電使用の更新期のピークを迎えており、北京など大都市の廃棄状況は深刻である。2006年に北京では12万トンの廃家電および電子廃棄物が発生した。こうした現状に対して、華星環保は北京市中関村科学技術園区通州園金橋産業基地に8000万元を投資して廃家電処理能力が年間120万台の「北京廃旧電器電子産品回収処理基地」を建設した。
華星環保は廃家電および電子廃棄物を回収して検査した後、引き続き正常に使用できるものは中古品市場に売却するか、農村等の経済後進地区向けに売却している。正常使用ができないものは自社で分解し、製品中の電子部品や基盤等を処理した上で原材料流通市場に売却し、家電メーカーの再生利用に供している。
しかし、こうした営業努力にもかかわらず、華星環保はまだ資金投入の段階にあり、赤字の状態を脱していない。中国の廃家電回収処理産業は、目下なお模索あるいは試験段階で採算ベースに未だ乗っておらず、市場化の見通しは立っていない。先に見たように、家電量販店の蘇寧も赤字であり、「廃旧電器電子産品回収処理利用全国テスト」プロジェクトは私企業のみでは成り立たず、中国での廃家電および電子廃棄物の回収処理体制の確立は自国に適合した政策および資金上のテコ入れが必須であることがわかる。
三 内発的外向型発展の国際協調循環論
次に、内発的発展の適応論と同時並行的に推進する必要があるのは、国際舞台でカウンターパートとの協調発展の基盤を築き、その成果によって自国の充実を図りながら、さらに積極的に海外に打って出る内発的外向型発展の循環論である。ここでは、国際環境協力を誘致する上海市の浦東新区を中心に、
廃棄物処理の日中間ビジネスモデルの構築
浦東新区は2010年の上海万博に向けて「浦東生態城区(エコタウン)」構想を発表し、環境に優しい国際大都市上海の姿を世界に発信している。都市型公害や廃棄物対策などに多くの経験とノウハウを持ち、日本を代表する工業地域として発展してきた
浦東新区の金橋輸出加工区は、中国でもハイテク産業と世界的に著名なメーカーの中国主力工場が集積するトップクラスの工業団地である。日々大量の工業廃棄物を排出しており、廃家電および電子廃棄物が全廃棄物量の半分を占めている。金橋輸出加工区に立地している企業が生み出す工業廃棄物は主に上海域内で処理されているが、当地区の廃家電および電子廃棄物を一手に引き受けて処理に当たっているのが上海新金橋工業廃棄物管理公司である。近年、上海市は電子廃棄物の再資源化と廃棄鉱物油の再生燃料化を循環型経済のモデルプロジェクトに掲げ、当公司をベースにして金橋輸出加工区に「工業廃棄物再生循環利用基地」の建設を計画している。
電子廃棄物など工業廃棄物による環境汚染の拡大が深刻化する中で、中国を代表する工業区である金橋輸出加工区が全国に先がけて「工業廃棄物再生循環利用基地」の建設を発表したことは意義深い。当地区では、すでに日系企業が高度な環境対策を実施しており、模範的な存在となっている。今後、これら日系工場の取り組みを周辺地域にも広く紹介し、循環経済社会形成のモデルとなっていくことが、上海が内外に与える影響の大きさを考えると重要である。また、
「工業廃棄物再生循環基地」の建設の中で「浦東生態城区」構想を具体化し、工業廃棄物の適正処理のフロンティアを担い得る民間企業、なかんずく日系企業の理解を得て、要諦を成す民間企業による事業化の拡大に向け、両地域の自治体が配慮ある政策実施の英断を下すのを促していくことが重要である。
まず、金橋輸出加工区に立地している日系工場の工業廃棄物の適正な処理およびリサイクルから着手し、現地の模範的な廃棄物処理企業である新金橋工業廃棄物管理公司とともに行えるビジネスモデルを先行させる。当地区の日系企業は日本国内ではCSRを重視する錚々たる企業群であるだけに、その延長として日本国内に準ずる高レベルの廃棄物処理やリサイクルを奨励しやすく、国際環境協力にふさわしい貢献となり得る。
国際環境協力のコーディネート機関として、日中双方の環境行政や研究機関の専門家・指導員から成る「日中廃棄物適正処理協力連絡会」(仮称)を組織し、中国国内の規制政策を先取りして日本国内に準ずる適切な廃棄物処理を実施すべく、日系企業に対して自社工場で発生する廃棄物の処理やリサイクルを新金橋廃棄物公司に委託するよう協力を要請する。と同時に、当公司を何とか日本並みのリサイクルができるモデル工場に仕立て上げるため、廃棄物処理の技術指導やノウハウを提供する仲介も務める。その際、当公司から川崎のエコタウンへの視察団や研究員の受け入れも積極的に行い、中国側の外向型発展を支援する。なお、技術指導やノウハウを人材派遣によって提供するのは、同事業の中核となるJFEや
次に、そうした中核企業が日本国内の工業廃棄物をもとに再生資源循環として新金橋廃棄物公司との間で輸出入を展開するビジネスモデルの促進役も「日中廃棄物適正処理協力連絡会」が務める。廃家電・廃PCなどから再利用可能な有用資源を選別するために日本で粗分解して雑品として輸出するなら、質・量ともに相当数の輸出が可能である。逆に精錬した再生資源製品を日本が輸入するルーチンを作れば、ミニ資源循環が成立する。また、中国の非効率なリサイクルによる希少金属の浪費が問題となっていることから、特殊な廃棄物は、日本国内で発生するものは当然として、中国で発生するものに関しても高度な精錬技術と施設を持つ日本が受け入れて処理すれば負の遺産を生むことなく、効率的なリサイクルができ、国際分業による双方向の循環ループが作れる。バーゼル法に抵触しない輸出の仕方に配慮しながら、相互の技術水準や経済費用の違いを利点として活かした共同作業を展開していくなど、その時々の可変的で合理的な資源循環のスキームを模索していく必要があろう。
こうした「日中廃棄物適正処理協力連絡会」による国際環境協力のコーディネートには支持する政府部門がなくてはならない。上海市の浦東新区と
2007年、上海市浦東新区と
どちらも産業都市であり、その初心は行政と企業との協働が欠かせないということである。特に、国家間の協力だけでは限界のある途上国への具体的な技術移転などで、民間が実力を発揮できるための環境作りこそ自治体としての役割だという原点に絶えず立ち返る必要がある。(11) 双方の自治体および企業が協調し合い、環境汚染の防止とトレーサビリティを確保した上で上海港と川崎港の間でミニ資源循環を開始すれば、やがて高度な資源の有効利用が実現しよう。廃家電および電子廃棄物の処理とレアメタルの回収は、相互の優位性、経済性およびLCAなどの環境負荷評価手法によって分析評価し、国際分業による協調循環ループを形成することが成否を決するポイントとなろう。
四 内発的発展論から再普遍化論への跳躍
最後に、内発的発展の適応論が探究対象としているのは外来の諸要素を自国に適応するように創り変える発展モデルだが、それは必ずしも他の国・地域にも普遍的に適用できるものではないため、どこにでも弊害がなく適応し、国際社会で共有されるべき価値を持つ内発的普遍主義の模索事例を示したい。ここでは、中国が地球温暖化防止の枠組みに入って来やすくするには国内のニーズを満たす中国に適合的なインセンティブが必要だという視点から、中国が重視する工業廃棄物の再資源化が温暖化対策をも同時に促進するような両者をリンクさせる政策的な提案を事例とする。
それは、中国に適合的であると共に、発展途上国に限らず先進国にも有効なことから国際的に適用できる普遍性を持ち、地球温暖化防止の枠組みを実効性のあるものにする内発的普遍主義の発展モデルであると言えよう。この政策提言について、国情を勘案して中国を枠組みに招き入れる提唱経緯をも含めて取り上げてみよう。(12)
1 地球温暖化防止の枠組みに中国を招き入れる
――ポスト京都議定書/廃棄物再資源化のCO2排出権換算メカニズム
中国が温暖化防止の国際的な枠組みに喜んで参加するにはどうしたらよいのか、ポイントとなる中国参加の要件、中国の都合について、日本国内では官僚も、学界も、マスコミもよく分かっていないようにみえる。
中国を枠組みに誘い込める余地は充分にあり、そのイニシアティブを日本が取れるし、取るべきである。それが、ポスト京都議定書の基準づくりで、EUや米国、中国などが繰り広げている世界戦略の競争に日本が勝ち残っていく方策ではないか。
私は15年ほど前から、中国最大の経済都市・上海との間で環境産業を育てる国際交流に携わってきたが、昨年11月にも、日中間の廃棄物処理の問題で日本側の議長を務めるため第5回目の上海環境会議に出席してきた。近年、現地に行って、環境関係の専門家と接触するたびに感触を強めていることがある。それは、国際社会で騒がれている「地球温暖化問題」は、中国にとっては「省エネ問題」に過ぎないということである。
そういえば、最近、中国は盛んに工業廃棄物に関するリサイクル法を作っており、温暖化防止に関連する法律よりも圧倒的に多い。高度経済成長を維持するためには、温暖化防止より工業廃棄物を再資源化したほうが役に立つと考えているのである。私は1950年代後半から60年代前半にかけて中国に滞在していた。当時ソ連から朝鮮戦争以来の借金の返済を迫られ、窮して物納にまで駆り立てられた中国では、「三廃の総合利用」といって、廃気・廃水・廃物を宝物に変える運動が起こった。その流れは文革の工業生産停滞期にも衰えなかったほど、再資源化の実施には根強い伝統のようなものが中国にはある。
今回共に上海環境会議に出席した仲間の1人が、中国で温暖化ガスを削減した日本企業が排出枠を獲得する京都議定書のCDMと同様の仕組みを工業廃棄物に適用し、日中間で廃棄物の排出権取引制度を作れないかと提案した。それがきっかけで、私は上海の環境専門家である友人に会った折に、中国を温暖化防止の国際的な枠組みに参加しやすくするために中国が入って行きやすい入口として工業廃棄物の再資源化を利用する手はないだろうかと打診してみた。
私は過去の中国体験から、伝統的な流れに則れば何か前向きなものが出てくるに違いないと勘を働かせたのが、意外に的中した。友人は、それは温暖化防止と工業廃棄物の再資源化をリンクさせる仕組みを先進国が作ることだと答えた。
帰国後、この友人の意見に対して他の同国人の環境専門家はどう考えるかに私は興味を持ち、中国全土に散らばる知人たちに電話で尋ねてみた。すると、聞く人聞く人、専門家がみな異口同音に、「それは中国が参加する必須条件だね」と、強く同調したのである。上海の友人の意見が中国では正論であることは、ある程度の予想はついていたものの、これほど明確な確証が得られるとは実は驚いた。
それでは、温暖化防止と工業廃棄物の再資源化をリンクさせる仕組みとは、どのように作るのか、簡単に話してみたい。
廃家電や廃PC等から有用資源・レアメタルを回収することが可能であり、日本企業には多くの優れた回収技術がある。問題は、回収することには2つのメリットがあることに気付くことである。回収した有用資源は、もちろん資源として再び使える価値があり、回収した分、バージン資源を使わなくて済むメリットが1つ。2つ目のメリットは、有用資源を回収して使うことにすると、バージン資源を新たに調達するためのエネルギーが節約でき、そのエネルギーを使った際に排出されるCO2量を削減できる。
廃棄物の再資源化にもエネルギーは必要だが、バージン資源を発掘し、運搬してくるほうが、はるかにエネルギーは消費される。そのエネルギーの差はバカにならない。だから、廃家電や廃PC等の再資源化を温暖化防止の枠組みの中に入れ、回収した有用資源をエネルギー・CO2量に換算するシステムを作れば、バージン資源の使用量がもっと減り、節約できるエネルギー・CO2量の差が格段に大きくなるに違いない。
中国では今、廃家電や廃PC等の廃棄物が適正に回収処理されず、資源の損失と共に、その環境汚染にも困っている。したがって、日本の企業が中国で廃棄物から有用資源を回収し、その換算CO2量を排出権として獲得できるようにすれば、中国市場は無尽蔵である。
温暖化防止の枠組みを実効性のあるものにするには中国が参加することが肝要であり、中国が重視する工業廃棄物の再資源化に取り組みながら、同時に温暖化対策も実施することになり、日本の数値目標が達成できるような、ポスト京都議定書の展望が見える、そういう対中貢献策がよいのではないだろうか。
2 ポスト京都に向けたコベネフィットの実効ある具体化
――温暖化防止と工業廃棄物の再資源化をリンクさせる仕組み
環境省は中国との間で、環境汚染の改善と温暖化対策を両立させるコベネフィット(相乗便益)という考え方の協力体制を創り上げようと、日中対話を進めている。前節で取り上げた、温暖化防止と工業廃棄物の再資源化をリンクさせる仕組みは、コベネフィットの考え方にも合致しており、賛同が得られやすい提案ではないかと思われる。
なぜ、コベネフィットが必要か。また、コベネフィットの具体化に当たって、温暖化防止と工業廃棄物の再資源化をリンクさせる仕組みは、現実的で設計しやすく、効力に富んだ具体策だと思われるが、どうだろうか。本節は、この仕組みのポイントを取り出して、まとめてみよう。
中国はなお貧富の格差問題から経済成長による底上げが必須のため、国内の環境問題がなかなか制御しきれない。大気や水域の汚染、廃棄物の処理などの緊急度に比べて、国際的なプレッシャーがかかる地球温暖化対策はどうしても優先順位が低い。
今後、中国にとって緊急に解決したい国内の環境問題と地球温暖化対策とは決して相反する問題ではないことを、中国が認識を深めるように促すことが重要である。好例として、生産工程でのエネルギー効率の高度化は言うに及ばず、工業廃棄物の再資源化による原料調達の低減などが化石燃料の削減を可能にし、温暖化ガスの排出を減らす。このように、経済成長および国内の環境汚染と、地球規模の温暖化問題の解決とは両立できる。また、長期的には両立させる制度を含む有効な方策を継続して開発していく必要がある。
現状では、中国に限らず、環境汚染と温暖化対策を別々の領域として取り組もうとする観点がなお根強いため、温暖化対策は世界的な課題ではあるものの、緊急性の高い経済および汚染問題の解決にとって即効性があるわけではない。温暖化対策が汚染問題による環境負荷の緩和に直結する優れた制度等の方策があれば、中国は今よりも地球温暖化対策に積極的な姿勢をみせるだろう。
そこで、資源再生の問題を取り込んで温暖化防止の枠組みを広げることを考えてみる。目下の京都メカニズムでは、中国で温暖化ガスを削減した日本企業は排出枠を与えられるが、対象を省エネ事業だけでなく、同じCDMの方式を使い、日本企業が中国国内で金属資源の再生を行なった分、その換算CO2量を排出権として獲得できるようにする。
具体的には、廃家電・廃PC等から有用資源・レアメタルを回収した分は、バージン資源を調達した場合のエネルギー・CO2量に換算するという提案になる。つまり、有用資源を回収した分、バージン資源を使わなくて済む。すると、バージン資源を新たに調達するためのエネルギーが節約でき、そのエネルギーを使った際に排出されるCO2量を削減できるからである。リサイクルに必要なエネルギーを差し引いても、節約できるエネルギー・CO2量は格段に大きい。
工業廃棄物の削減および有用資源への再生がバージン資源を調達した場合のエネルギー・CO2量に換算されるのであれば、廃棄物処理やリサイクルの問題も温暖化防止の枠組みの中に入ることになり、企業が工業廃棄物の削減と再資源化に邁進するインセンティブはさらに増大することになろう。
中国側からみると、国際的に要請されている温暖化対策になると同時に、希少金属のリサイクルをも促進することになり、目下の工業廃棄物・電子廃棄物が適正に回収されず資源の損失であると共に環境汚染をもたらしている現状も改善できる。
資源再生の問題も温暖化防止の枠組みの中に入れ、単に生産工程に限定した燃料エネルギーの効率化を計算する発想だけでなく、再生される有用資源そのもの、つまり現状の京都議定書には規定のない固形物に関してもエネルギー・CO2量に換算するという提案なのである。再生される有用資源・固形物のエネルギー換算は、節減したバージン資源の市場価格、当該価格で購入可能な石油などのエネルギー量からリサイクルに必要なエネルギー量を控除して該当させる等、アイデアは数通りある。最近では、ある商品の原材料調達、製造、流通・販売、使用、廃棄・リサイクルというライフサイクル5段階で発生する温室効果ガスの各排出量を合算して表示する「カーボンフットプリント(炭素の足跡)」制度の算定手法が参考になる。(13)
中国が温暖化防止の国際的な枠組みに入って来やすいように資源再生を入口とし、廃棄物の削減による環境汚染の改善と、温暖化対策を両立させるコベネフィットの考え方を具体的に実践する当提案――廃棄物再資源化のCO2排出権換算メカニズムを世に問いたい。
宇宙は、実際に太陽の中で物質とエネルギーが相互に変換しているように、物理学では物質とエネルギーは交換できるものである。金属をエネルギー量に換算する試みには、なんら不思議はない。
3 廃棄物政策だけを念頭に置いても再資源化の仕組みは進まない
――同時解消を狙え!廃棄物政策のハードルとCDM政策の歪み
前2節で連続して取り上げている、温暖化防止と工業廃棄物の再資源化をリンクさせる仕組みは、産経新聞の経済面で「政策を問う」と題したインタビュー記事の欄に掲載された。(14) 記者のインタビューを受けたとき、私は「中国は従来から廃物を宝物に変える再資源化には熱心なので、その取り組みと温暖化対策とをリンクさせれば温暖化対策にも熱心になる」と言ったら、記者は身を乗り出してきて、具体的にはどういうことかと、私に迫った。そのとき、ハッと気が付いたことがあった。「温暖化対策に役立つような、資源の再利用を促す仕組みを作ることだ」と言いかけたのだが、「資源の再利用を促す仕組みを作ることだ」と、簡潔に言えばよいことに気が付いたのだった。
つまり、中国の現状では、工業廃棄物の処理が遅々として進まず、政府も対処に苦慮していることから、即効策が必要だということである。というのは、即効策を生み出すには温暖化対策とリンクさせるのが自明なことなので、資源の再利用を促す仕組みを作ることとだけ言えばよく、それは自ずと温暖化対策にも役立つわけである。
目下のような専ら工業廃棄物への対処だけを念頭に置いた政策の立て方では、かえって資源の再利用を促す仕組みは作れない。政府は回収体制を確立できず、埋立てや焼却処分によって廃棄家電の中の希少資源も充分に再利用されることなく、無秩序に近い状態が続く。
統計によると、中国は毎年平均、テレビ500万台、冷蔵庫400万台、洗濯機600万台が捨てられていると報告されており、また500万台近いパソコンが買い替えにより捨てられると予想されている。これらにエアコンを加えた5種類の家電で年間約3000万台が廃棄されていることになる。また、最近の中国国内の家電保有量は、テレビ3.5億台、冷蔵庫1.3億台、洗濯機1.7億台で、エアコンとパソコンを加えると約9億台となる。これらの多くが前世紀の80年代後半に製造されたものであり、寿命が15年程度だとすると、中国はすでに家電の更新期に完全に入ったと言える。
しかも、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコンおよびパソコンの年間新規生産量は約2億台と言われており、廃棄家電は今後も確実に増え続ける。年々累積する廃棄家電に対して環境汚染を引き起こさずに回収し、無害化処理を進めることは、目下の中国にとっては至難の業である。廃棄家電の有効な回収処理体制がないことが資源の浪費と環境の汚染および破壊をもたらしている根本原因である。
政府は近年、廃棄家電の回収法規を作って問題に対処しようと、「廃旧電器電子産品回収処理管理条例」の施行を準備している。当条例では、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、パソコンに対して生産者責任制の実施を盛り込もうとしている。家電メーカーに原材料の回収・再利用を前提とした製品構造や生産方法の採用を義務づけ、販売店に対しても廃棄製品の回収責任を規定する。また、回収製品は資格のある処理業者に引き渡す義務があり、違反行為には10万元の罰金を科す。2008年2月施行の電子廃棄物汚染環境防治管理弁法でも、メーカーに対して資格のある処理業者が回収システムを築くよう促している。
しかし、廃旧電器電子産品回収処理管理条例がなかなか陽の目を見ないのは、当条例が「拡大生産者責任制」(EPR)を欠かせない重要原則にしようとしていることに原因がある。家電メーカーはすでに成立している中国版RoHS・電子情報産品汚染規制管理弁法(2007年3月施行)に従って有害物質を含有しない材料を使い、かつ原材料が回収再利用しやすい製品設計にすることを義務づけられる。また、販売店と共に廃棄家電の回収措置も講ずるよう明確に規定しようとしており、薄利でサバイバル競争に晒されている企業にとってプレッシャーが大きく、彼らの強烈な反対に遭っているようなのである。
そこで、企業が再資源化で排出権を得られれば、その譲渡益があり、廃棄家電の回収処理にも力が入るのではないかということである。かねてから廃棄物の市場機構を確立することが必要だと言われてきたが、温暖化防止と工業廃棄物の再資源化をリンクさせる仕組みが市場確立に即効的な力を発揮するのではないだろうか。
現在、京都議定書のCDMを使った温室効果ガスの排出削減事業は中国が世界で2番目に多く行なっており、今後見込まれる排出削減予定総量では中国は世界全体の半分を占める世界一のCDM実施国となる。2005年10月にCDMの運用方法を具体的に規定したCDM事業運行管理弁法が施行され、重点分野としてエネルギー効率の向上,新エネルギーと再生可能エネルギーの開発利用等が謳われ、「節能減排」(生産工程の省エネと環境負荷の低減)に資するCDMが奨励されることになった。
しかし、問題は、大きな譲渡収益を目指すあまり、新エネルギーの開発などに寄与しないハイドロフルオロカーボン・HFC23の破壊プロジェクトが全排出削減事業の約7割を占め、エネルギーの大量浪費をめぐる構造問題の解決が進んでいないことである。それは、CDMによる省エネ技術の誘致には限界があることと関係しているとの指摘がある。また、工業廃棄物との接点では、燃料化できる廃棄物が注目されているだけで、未だ温暖化防止と工業廃棄物の再資源化をリンクさせる視点はない。
中国は温暖化対策にも増して工業廃棄物の再資源化を重視しているが、廃棄物政策だけを念頭に置いても再資源化の仕組みは勢いよく回転してゆかない。資源の再利用を促す仕組みを上手に作り上げるには、地球温暖化防止に駆り立てられる国際社会の旺盛な意欲を取り込むことが有利である。それは、中国国内における廃棄物政策のハードルとCDM政策の歪みを同時に乗り越えることにつながる。
資源とエネルギーの浪費が環境汚染をもたらしている現状を打開するには、資源再生を入口として温暖化防止の国際的な枠組みに入っていくことが展望を開く。中国はそのようにして開かれる展望に対して、もっと認識を深めるべきである。今後、中国政府の透徹した洞察が、賢明な政策選択の英断を下すことを期待している。
4 京都メカニズムの拡大は現状のメリットを超える制度設計である
――トレンドセッターは再資源化を含む制度的な成り立ちだ!
2008年前半の温暖化防止に関する主要20ヵ国閣僚級会合(G20)で、日本がポスト京都の有力な排出削減策として提案している電力や鉄鋼などの産業や分野ごとに温室効果ガスの排出削減を進める「セクター別アプローチ」は、中国やインドなど途上国の反発を招いた。この方式は途上国も含めて先進国と同じ指標で目標や成績を測るため、また日本が各産業や分野で削減目標を積み上げて国全体の目標とすべきだと提案したこともあって、中国は途上国も削減義務を負わされるのではないかと、強い警戒感をあらわにした。G20の直後、中国の温暖化問題担当の閣僚である解振華は、中国は新たな枠組みを作ることを望まないと表明した。
また、年後半の京都議定書に続く温暖化防止の枠組みを話し合った国連の作業部会では、EUが「セクター別アプローチ」に対して、経済的に遅れ省エネが進んでいない国・地域ほど削減目標が過大となり著しい不公平を生じると懸念を表明した。このように、先進国の中からも途上国の国情を斟酌して日本の提案に難色を示す主張が出てきている。
ポスト京都で温室効果ガスの削減を本格化させるには、中国やインドなどの大量排出国の協力は欠かせない。また、中国やインドなどの参加を自らが拘束力のある約束を交わす条件にしているアメリカの支持を取り付けるためにも、中国の参加が不可欠なのである。
では、排出削減の義務化に抵抗する中国をどう説得するのが賢明なのだろうか。京都メカニズムの制度的な成り立ちに立ち入ってみることで、基本のところから改めて問いたい。それは、トレンドセッターとなれる制度的な成り立ちを探ることにつながる。
中国が排出削減の国際的な義務を受け入れるには、中国が現状のCDMが生む排出権から得ているメリットを超えることが必要である。工業廃棄物の再資源化からも排出権が発生するように京都メカニズムを拡大すると、中国は自国内の工業廃棄物が急増している上、国際的に取引される工業廃棄物の9割が中国に流入していることから、排出権発生案件の激増により、そこから得られるメリットは現状のCDMが生む排出権から得ているメリットをはるかに超える。もし中国が当提案を受け入れなければ、こうした超過メリットもないわけである。
ちなみに、再資源化からも排出権が発生するように京都メカニズムの制度を拡大することは、きわめて正当である。なぜなら、排出権の発生は、先進国同士の既存排出量取引という特例を除くと、大方は温室効果ガス排出削減事業の、あくまで省エネを達成した実績に対して付与するものであり、再資源化はバージン資源の発掘から精錬までのプロセスを辿るより明らかに省エネを達成することになるからである。むしろ、同じように省エネを達成する再資源化を京都メカニズムからはずしているほうが不当だとさえ言えるだろう。加えて、制度の拡大によって、現状の再資源化の程度以上に再資源化を促進する可能性が高く、省エネが現状の再資源化以上に進展することも余剰メリットとして考えられるくらいである。
また、制度拡大後の再資源化は、実施主体者には再生した希少金属の売却益と排出権の帰属という二重のメリットがある。この二重のメリットの総体は、中国にとって現状のCDMの活用がうまくいっていないこともあり、中国が現状のCDMが生む排出権から得ているメリットを大きく超えることは間違いない。
しかし、かりに再資源化まで制度を拡大しないままで中国が排出削減の義務を負うことになると仮定すると、中国は現状のCDMが生む排出権から得ているメリット以上のメリットを得ることはむずかしくなるだろう。目下、再資源化からも排出権が発生するように京都メカニズムの制度を拡大することが国際的な話題に上っていない状況のもと、途上国が排出削減の義務を負うようになる制度の変更は、そうした経済的なデメリットをもたらすことが容易に予想できる。そんな懸念も中国が制度の基本は変更してはならないとする主張を変えない理由である。
こうした中国の抵抗に対しては、制度を拡大して排出権の発生を増やすしかない。というのは、国家レベルで排出削減の義務を負うと、いずれそれはキャップをかけた民間の排出権取引に転嫁され、その結果CDMとの間にできるメリットの差異を解消するためには、制度を拡大することで排出権の発生を増やすしか原理的に手立てがないからである。つまり、排出削減の義務を負ってもメリットの総額が低減しないためには、キャップがかかった排出権取引によってCDMのメリットが相殺される分、排出権の発生が増える必要がある。
このことをもっと理解するには、次のように、基本のところから整理してみるのがよい。
排出削減の義務を負うと負わないとで違ってくる象徴的な差異は、キャップがかかった排出権取引とCDMの違いだろう。排出権取引とCDMはどのように同じで、どのように違うのか?
省エネ事業を中心に比較してみよう。
例えばA社とB社の取引を想定した排出権取引は、省エネを実施してキャップより余剰分に排出権が発生して売却できる。CDMは省エネを実施して排出権が発生するのは同じだが、ただそれは省エネ分が丸ごと排出権となり、技術・資金の提供を受ける途上国側が生産主体だから取得して売却できる。ESCO類似の省エネ支援者は、主に発生した排出権を買って転売益を取得するメリットのみがある。
発生した排出権が省エネの実施主体に帰属するという点では同じだが、基本的にESCO類似の省エネ支援者に頼らず、生産主体が自ら省エネを実施するのがむずかしい途上国の場合はCDMが適用される。なお、どちらもキャップのあるなしに関係なく排出権売買に参入して転売益を得るのは自由である。
もう一つ、類似点として、排出権取引もCDMも、それぞれの仕組み自体に使用エネルギー節減益と排出権の発生益という、二重のメリットが発生する。ESCOが使用エネルギー節減益のみしか発生しないのとは違う。こうしてみてくると、排出権取引とCDMの違いは、前者は排出権の発生がキャップの分だけ帳消しにされるが、後者はゼロから省エネを実施した分がすべて排出権になることが、排出削減の義務を負うか負わないかの問題を考える際の、肝心な違いということになりそうである。
再資源化からも排出権が発生するように京都メカニズムの制度を拡大した上で、中国が排出削減の国際的な義務を負うことになった後のことを考えてみよう。そのとき、再資源化から排出権が発生するのは省エネに対して排出権を付与するわけだから、CDM方式を残したとしても、当然CDMだけでなく通常の単独実施でも共同実施でも排出権は発生することになる。そうすると、中国は技術水準その他の事情に応じてCDM方式を使ってもよいし、自国内主体の実施によって排出権を確保することも可能である。したがって、現状のCDMから得るメリットに比べて、排出権が発生する余地が増えるほど中国にとってはメリットが増大することになろう。
かりに排出権を再資源化まで拡大しないと、中国は削減数値が義務化された分だけ経済的メリットは減ることになるが、拡大すると義務化の分を解消して排出権が発生する余地が増えるだろう。そして、増えることは中国の誘い込みにプラスに働くことは確かではないか。そうなると、中国が現状のようなCDMのメリットに固執して義務化に抵抗する姿勢は転換するのではないだろうか。というのは、実際に技術移転をするのは民間企業であり、特許や技術占有で阻まれ、現にこれまで、国が計画を立てた支援スキームはパイロット援助に止まり、民間のビジネスとして広まらなかったため、現在のCDMの利用は大きな限界に直面しているからである。
また、中国国内で工業廃棄物の再資源化が促進されるメリット以外の、本命である排出権の増加によるメリットが大きいことを中国政府も認識するだろう。再資源化からも排出権が発生するように京都メカニズムの制度を拡大することは、排出権取引によろうがCDMによろうが、ネットの総額で現状のCDMから得るメリットを超えるような制度設計をしたことになるのである。
あとがき
最後に、それぞれ理論と実証の下記2点について思うところを記してしておきたい。
内発的発展論は、反普遍主義の立場と、共同社会の経験知や一体性を重んじる有機体的社会観から、人間本来の不可侵の権利で普遍的価値である自由や人権などを軽視しがちな社会的機能が発現する懸念要素を含んでいる。そのため、本文で扱った視点とは別の内発的発展論の問題点として、人々を少しでも抑圧状態に閉じ込める反動性を回避する必要があるという点からも、普遍主義に再びまみえ、内発的普遍主義へと羽ばたくことでしか、その理論的有用性を活かし続ける道はないと思われる。
国際社会で盛んに展開されているポスト京都の枠組み交渉では、現制度のCDMを残して、その中で新たに原発の新設とCO2の地中貯蔵事業に対して排出権を認めようという議論がある。そこから判明することは、CDMの対象は単に生産工程に限定した燃料エネルギーの効率化だけでなく、温暖化防止の枠組みは拡大の余地があるということである。それならば、資源再生の問題を枠組みに取り込む余地もあり、しかも議論されている2つの可能性と比較しても優先度が高いのではないかとも思われる。
(注)
(1) 要件の規定に反対する意見として、A. O. Sykes,“The
Persistent Puzzles of Safeguards: Lessons from the Steel Dispute”, Journal
of International Economic Law, Vol. 7, Issue 3. 2004. を参照。
(2) 食品安全基準の国際標準化は制度的同質化の典型的な事例である。海外市民活動情報センター監訳『誰のためのWTOか?』
緑風出版、2001年、109頁。(Public Citizen’s Global Trade Watch, L.
wallach and M. Sforza, Whose Trade
Organization? Corporate Globalization and the Erosion of Democracy, Public Citizen, 1999.)
(3) グローバリゼーションによって食品安全規制や環境保護規定の撤廃や緩和が求められ、一国でそれらを維持するのが難しくなっている。前出の注(2)およびP. H.
Sand, “Environment : Nature Conservation” in P. J. Simmons, Chantal de Jonge Oudraat eds., Managing Global Issues : Lessons Learned,
Carnegie Endowment For International Peace, 2001, p.288.
(4) 内発的発展論に関しては、鶴見和子著『内発的発展論の展開』(筑摩書房、1996年)が最も詳しい集大成である。また、欧米での類似の潮流は、The 1975 Dag Hammarskjold Report on
Development and international Cooperations, prepared on the
occasion of the United Nations General Assembly (New York, 1 to 12 September
1975), the Dag Hammarskjold Foundation, Uppsala, Sweden, p.28, & p.34.を参照。
(5) この論点に関しては、大和田滝惠「第三章 中国の環境問題と内発的発展」(宇野重昭・鶴見和子編『内発的発展と外向型発展―現代中国における交錯』東大出版会、1994年)および大和田滝惠「中華ナショナリズムと内発的外向型発展」(木村直司・今井圭子編『民族問題の現在』彩流社、1996年)を参照。
(6) 费孝通学术指导,周尔鎏・张雨林主编《城乡协调发展研究》(江苏人民出版社,1991年)、宋林飞〈费孝通小城镇研究方法与理论〉(《南京大学学报》哲学社会科学版、2000 年第5 期)、陈传兴〈出口导向型发展模式的战略性调整〉(《国际贸易》由商务部主管、中国商务出版社主办、2007年第9期)を参照。
(7) シルズ(Edward Shils)は、近代性のモデルは地理的出自とは独立した抽象概念であり、非西欧世界が表面上は反西欧を唱えるにしても、その理想が西欧の価値あるものと一致することを妨げるものではない、と主張する。Edward Shils, Political
Development in the New States−The Will to be Modern, S.N. Eisenstadt ed., Readings
in Social Evolution and Development, Pergamon Press, 1970, p.382.
(8) 廃旧家電および電子製品は「廃棄品」と「中古品」に区分され、廃棄品は使用機能が失われているか、経済合理性のもと修理しても中古品の安全基準や性能標準に達しないもの。中古品は検査により中古品の安全基準や性能標準に達し、二番手商品として販売、使用できるもの。
(9) 当事例の出典は、〈旧家电处理寻中国模式管理条例有望出台〉(梁振鹏记者)《第一财经日报》2006年12月21日。なお、「適合した体制」の模式論に関しては、鶴見和子・大和田滝惠「第四章 内発的発展と模式論」(宇野重昭・鶴見和子編『内発的発展と外向型発展―現代中国における交錯』東大出版会、1994年)を参照。
(10)
当事例に関しては、大和田滝惠「国際環境協力の実効事業をどのように拡大できるか――廃棄物処理の日中間ビジネスモデルの構築に向けて」(上智地球環境学会編 『地球環境学』NO.3 2007年所収)を参照。
(11)
(12)
当政策提言の要約は、大和田滝惠「温暖化防止
資源再生にも排出権を」(『朝日新聞』2008年7月24日朝刊「私の視点」)
およびTakiyoshi Ohwada, "Grant emission rights for resource recycling",
Point of View, International Herald
Tribune ,Tuesday, September 23, 2008を参照。
(13)「カーボンフットプリント」制度は、「温暖化ガス排出量表示、経産省が指針案を提示09年度試行へ」『日本経済新聞』2008年8月20日朝刊。
(14)大和田滝惠「ポスト京都 中国との協調体制 模索を」(『産経新聞』2008年3月6日「政策を問う」)を参照。
上智地球環境学会編 『地球環境学』NO.3 2008年2月25日発行
国際環境協力の実効事業をどのように拡大できるか
――廃棄物処理の日中間ビジネスモデルの構築に向けて
上智大学地球環境大学院教授 大和田滝惠
概要
経済のボーダレス化と同様、廃棄物処理と資源化の問題も広域で考えることが必要である。循環型社会は一国内だけでは完結せず、近隣域内諸国との連携が重要である。
国際間で制度の整合性を図り、今後、国内のリサイクル制度を新設・改編する際には、国際的に通用する基準を念頭に、特に近隣諸国の関連法整備や国際循環システム ( レジーム) と連携させる必要がある。
中国では、回収、運搬、処理等のインフラが未整備である。固形廃棄物は発生源で分別されず埋立て処分にされ、有害廃棄物の適切な処理施設も未整備である。事業体が個々に処分しているが、環境産業が未発達で処理技術に問題がある。
国際移動する廃棄物資源の管理と共に重要なのは、健全なリサイクル産業の育成、中国での資源再生企業の立地である。廃棄物の適正処理・資源循環システムが完結するためには、関連産業が充実してこないと、いくら法制度の整備を行なっても、その施行運用が困難になる。
Towards the Construction of the
Business Model between
Takiyoshi OHWADA
Abstract
It
is necessary to consider waste disposal and resource recycling problems over a
wide area in the same way as the appearance of the borderless economy. It is
important for a recycling society to link countries in a region instead of
being completed within a single country.
Systems
must be internationally harmonized. To establish or to reorganize a domestic
recycling system in the future, it will be linked to the enactment of related
laws and international recycling systems (regimes) in nearby counties in
particular with standards that are shared internationally in mind.
The collection, transport, disposal etc.
infrastructures are not adequate in
Along
with controlling waste resources that are transferred internationally, it is
also important to nurture a sound recycling industry and establish resource
recycling companies in
国際環境協力の実効事業をどのように拡大できるか
――廃棄物処理の日中間ビジネスモデルの構築に向けて(1)
一、電子廃棄物の法規定と取組みの現状
中国ではIT製品の電子廃棄物が無法状態におかれている。国外から持ち込まれる膨大な量に加え、国内で大量に発生する電子廃棄物も、その大部分が不適切に処分され、資源の浪費や環境汚染、処理従事者の健康被害をもたらしている。
中国には未だ電子廃棄物の回収および処理に関する明確な法規定が存在しない。専門の主管部門や管理機構もない。また、メーカー企業の取組みも積極的ではなく、電子廃棄物の適正な回収処理産業も育っておらず、優良な処理業者は数えるほどしかない。
最近の人民日報によると、中国では電子廃棄物に対する規制法規が不完全で系統的な管理体制や回収利用システムが確立していないため、企業や個人が日常的に不要となった廃棄IT製品を、通常のゴミとして捨てるか、未登録の転売業者に売却している。こうした業者は高価な部品・部材を取り出して残りを投棄するか、不適切な処理業者に転売することで未処理の電子廃棄物が都市近郊の農村に持ち込まれる。そこでは手作業による野焼きや強酸処理によって金属を回収するため、有用資源の浪費になると同時に環境への二次汚染を引き起こしている。(2)
中国における電子廃棄物処理問題の第一人者である上海第二工業大学の王景偉教授によって、電子廃棄物の2つの移動ルートが確認されている。1つは、中国では家電やIT製品の中古市場が発達しているため、中古機器のバイヤーが輸入するか、払い下げを受けた廃家電や廃棄IT製品に簡単な修理を施し、都市の低所得家庭や農村に転売するのだが、修理しても使用できないものは再生資源として非正規の処理業者に売却する。あるいは、廃棄物の取扱い業者、廃非鉄金属や廃プラスチックのバイヤーが国外で電子廃棄物を買い付け、輸入して再生資源として非正規の処理業者に売却する。これらの最終処理業者の場合、専門の技術者による専用の設備を使った処理作業でなく、電子部品の中の有害物質を不適切に分解処理していることが少なくない。2つ目は、多くの企業および個人によって廃棄IT製品が一般ゴミとして大量に捨てられており、電子廃棄物は危険物質には分類されていないため、通常の埋立ておよび焼却の対象となっている。資源の浪費であると共に、土壌および水域汚染、大気汚染、健康被害の深刻化を招いている。(3)
中国には環境の基本法である環境保護法から固体廃棄物汚染防除法まで10を数える固体工業廃棄物に関する規制法規が存在するが、それらの中に電子廃棄物に関する規定はきわめて少ない。多少の規定があっても体系的でなく、他の法規との有機的な連関もない。目下、国家発展改革委員会が家電・IT製品のリサイクルしやすい設計をメーカーに義務付け、販売店にも廃棄製品の回収責任を負わせる方針の廃旧家電回収処理管理条例を起草している段階である。2008年1月には家電・IT製品のリサイクルを中心とした循環経済法の制定を予定しており、EUのWEEE指令に対応するためのリサイクル機構を目指している。しかし、これまでも、工業廃棄物全体の規制法規は徐々に立ち上がっているが、執行状況は芳しくないという問題がある。法制度による規範規定だけでは不足であり、行政府と企業と市民の三者が共同歩調をとって、中国が目指すところの循環型経済発展に向けて法制度をいかに執行して実践的に実現するかが、中国には肝要だと思われる。(4)
先の王教授は、真っ先に電子廃棄物の焼却や埋立て処分を明確に禁止しなければならず、重大な環境汚染を引き起こす不当な零細処理業を取り締まり、電子廃棄物の市場機構を確立して能力と資格を有する企業が電子廃棄物の処理市場に参入する必要があるという。また、廃家電を含む廃棄電器電子製品に対して専門の回収機構を設立して統一的な回収措置を実施すべきで、その際には回収費用を徴収し、電子廃棄物の処理および再生にかかる費用に対する補助金として用いるべきだと提唱する。生産過程で出る工業廃棄物がメーカーのもとに野積み放置されていることも多いが、自社の廃棄物を回収させ、処理費用を負担して優良な処理業者に引き渡す。同時に、廃棄電器電子製品の品質に関する規範および関連基準を制定すべきで、行政の専門部署の誰が担当し、誰が責任を負うかについて明確にすべきだとしている。(5)
中国は、政府に専門機関を設けて廃棄電器電子製品の回収体制、電子廃棄物の処理機構を早急に立ち上げなければならない。また、電子廃棄物を適正に回収処理する産業化も早急に進める必要がある。優良な資源再生企業に対しては補助金や無利子あるいは低利融資などの奨励政策をとり、リサイクル製品には減免税制度を実施すると同時に、電子廃棄物の回収処理業界への監視監督を強め、違反行為に対する罰則規定も明確にして実施すべきであろう。(6)
二、浦東新区金橋輸出加工区の残された事業化ニーズ
中国における経済発展のセンターは上海であるが、その上海で高度発展が集約した地域が浦東新区金橋輸出加工区である。金橋輸出加工区は、中国でもハイテク産業と世界的に著名なメーカーの中国主力工場が集積するトップクラスの工業団地だと言える。
金橋輸出加工区は1990年に中央政府によって設置された国家レベルの重点開発区であり、上海市浦東新区の中心部に位置していて、その面積は約21平方キロメートルである。ハイテク産業の誘致振興に重点が置かれ、当地に投資している多国籍企業の中には企業番付で知られるアメリカのフォーチュン誌が世界的に著名な企業として選んだ500社のうち60社以上が入っている。業種としては、電子情報、家電、バイオ医薬、自動車およびその部品等、最先端のハイテク産業群である。華々しさの反面、日々大量の固体工業廃棄物を排出しており、特徴的なのは電子および家電由来の廃棄物が全廃棄物量の半分を占め、そのうち危険廃棄物が13%を占めていることである。しかし、金橋輸出加工区は上海で初めてISO14001にパスした国家的な模範地区でもある。そのため、当地に立地している企業が生み出す危険廃棄物は主に上海域内で処理されることになっており、ごく一部の1%強しか近隣の江蘇省や浙江省へ流出していない。(7)
また、金橋輸出加工区は環境に配慮した循環型経済発展のモデル構築に取り組んでおり、集中熱供給システムによって100を超える企業の合計で消費エネルギーを30%低減したり、工場廃水を100%再生利用している工場や、他の工場の工業廃棄物を生産原料として再利用している工場があったり、さらに廃油の回収利用や電子廃棄物の再資源化など、循環型経済のさまざまな新しい試みを展開している。(8)
金橋輸出加工区の工業廃棄物、とりわけ電子廃棄物を一手に引き受けて処理にあたっているのが、上海新金橋工業廃棄物管理公司である。当公司は上海金橋集団公司の系列の下、2000年2月に浦東新区環境保護局および浦東工商行政管理局に批准され設立された。上海市で初めての電子廃棄物の総合処理を担う企業であり、これまでに自社で開発した電子廃棄物の自動制御処理によって97%の金属回収率を達成してきた。また、最近では、上海市が電子廃棄物の再資源化と廃棄鉱物油の再生燃料化を循環型経済のモデルプロジェクトに掲げ、当公司をベースにして金橋輸出加工区に「工業廃棄物再生循環利用基地」を建設しようとしている。(9) この背景には、中国を代表する工業都市のリーダーとしての危機感とともに、万博を機に世界の一流国際都市・上海のイメージを発信するために、その条件である環境に配慮した都市づくりを確立したいという願望があるのが伝わってくる。
当公司は設立当初から専門の指導技師および工学的処理グループを擁し、高度な管理モデルを備えて豊富な現場経験を積んできた。メーカーに環境対策や工業廃棄物処理のコンサルティングを行い、その減量化や再資源化を実現してきた。今日に至るまで、上海市環境保護局から模範的に処理事業を展開していると評価され、工業廃棄物の処理企業として高い評判を得ている。その証拠に、ISO14001やISO9001やOHS18001という3資格を全国の同業者中で初めて取得し、危険廃棄物の回収ステーションとして「上海市危険廃棄物経営許可証」や「特殊事業経営許可証」や「固体廃棄物原料使用自動輸入許可証」も与えられている。当公司は金橋輸出加工区において、メーカーが持続可能な環境を実現する社会的責任を果たすための循環型経済の推進役となっている。(10)
設立以来、とくに今世紀に入ってからの発展は大きく、年商で2005年には2000年の19倍にも増加した。顧客数も相当数の多国籍企業、例えばヒューレットパッカード、コダック、フィリップス、ベルアルカテル、松下、日立、NEC、シャープ、リコー、京セラ、ソニー、三洋、三井ハイテックなど200社以上を数え、顧客満足度はここ数年かなり高くなってきた。(11) 特筆すべきは、当公司のトータルソルーションに応じたオムロンでは、その実績を認めて全面的に廃棄物の処理を当公司に委託していることである。(12)
上海新金橋工業廃棄物管理公司は、これまで懸命の努力を傾注して金橋輸出加工区で生じる工業廃棄物の処理に当たってきたが、ただ未だに当地区の環境保護のニーズを満たすには至っていないと、上海第二工業大学の王景偉教授は指摘する。それはどういうことか、最近の人民日報に以下のような記事が掲載された。
中国では行政による回収管理体制が確立していないため、上海新金橋工業廃棄物管理公司のような適正処理の能力が高い処理工場にさえ処理対象の電子廃棄物が充分に回ってこない状態であり、工場の中はガラガラである。そこで、当公司副社長が目下の主要な業務として営業グループを編制してメーカー訪問を繰り返し、電子廃棄物の回収範囲を拡大する宣伝に回っている。しかし、当公司が地域で唯一の適正処理が可能な専門工場であるにもかかわらず、現在その工業廃棄物の回収量は浦東地区全体で排出される工業廃棄物総量のわずか2%にしか過ぎない。当公司の年間処理能力は5000トンあるのに対して、昨年2006年の実際の年間処理量はたった10分の1の500トン(そのうち電子廃棄物は400トン余り)であった。工業廃棄物、とりわけ有害物質の占める分量が多い電子廃棄物が大量に、専門工場の適正な処理を経ないで環境に排出されている。統計によると、中国では毎年廃棄される膨大な電子廃棄物のうち、専門工場の適正な処理に回されるのはほんの僅かである。(13)
まず、行政府が掛け声をかけて地域の基礎的な行政単位である社区において、電子廃棄物の各戸回収を展開すべきであろう。中国のゴミ問題の深刻さを考慮すると、行政主導の強制回収および処理の全面実施を直ちに始める必要がある。浦東新区では、当地の環境保護局が関係部門と連携して、初めに当地区の政府機関および国有主体の企業事業所において電子廃棄物の行政主導による強制回収および処理の全面実施を展開し、その後にさらに民間に対して広く推進していくことにしている。(14)
昨年2006年12月、上海電子製品補修サービス協会が上海市政府の意向に基づき、緊急に地元の実情に沿った具体的な電子廃棄物の回収規定を全国に先駆け、また全国の範として制定すべく「上海市廃棄電器電子製品回収処理暫行規定」(草案)を打ち出した。それによると、膨大な電子廃棄物を回収する全市規模の網羅的なシステムを構築し、まず政府機関や銀行などから回収を始め、その後で民間の廃棄電器電子製品に拡大していくとしている。また、回収地点はすべての県区および団地をカバーするようにし、従来どこにでも出没し「ゲリラ」とも呼ばれている回収転売業者に対して再編して電子廃棄物回収のトレーニングを受けさせることになる。(15)
しかし、当「規定」(草案)で問題となるのは、中古市場に持ち込めない使用期限切れの廃棄電器電子製品は強制的に廃棄させることになっているが、その際に電子廃棄物が野放図に投棄されないよう政府が所有者に対して一定額(30〜50人民元)の経済補償を行う規定である。これまで廃棄電器電子製品の所有者は中古市場に持ち込むにせよ、回収転売業者に売り渡すにせよ、金銭的な代償を得ていたわけだから、保障措置を施さないと回収システムが確立できない中国の実情はあるものの、膨大な電子廃棄物に対する保障措置は財政面から現実的とは言い難い。
そこで、今年2007年5月、上海市経済委員会や上海市環境保護局など市政府4部門は、「政府機関と事業体における廃棄電器電子製品の集中回収処理の実行に関する通知」を出した。それによると、政府機関等の廃PCなど電子設備を処分するに当たって機密情報の安全を確保しつつ、全市の政府機関と事業体において電子廃棄物の集中回収処理を実行するとしている。その際、国家および上海市に認可された資格を有する回収処理の専門企業に依頼し、なお且つ職場あるいは個人の廃棄電器電子製品にかかわらず無償で回収処理企業に引き渡すことを奨励すると規定した。また、機密電子機器は必ず有資格専門企業で集中廃棄しなければならず、違反者は責任が追及される。さらに、電子廃棄物の処理費用は今のところ業者負担にするとも規定している。(16)
当通知に対しても難点が指摘されている。当「通知」によって電子廃棄物が適切に回収処理されるか否か疑問があると言われている。なぜなら、罰則の具体化がなく拘束力に乏しいことはもちろん、無償回収は目下の有償売却が普遍化している中国社会の実情に合わないからである。また、処理費用の面で政府の政策的な支持がはっきりせず、業者負担に帰するというのもシステムの成立にとって現実的ではないからである。政府が財政難という状況下では、廃棄物の排出者から費用を取らないと処理業者の持ち出しになるわけだが、こうした事態を果たして中国ではどのように解決したらよいのであろうか。
2006年7月からRoHS指令によって、EU市場へ持ち込んだ電器電子製品に水銀や鉛など有害6物質が含まれていると、製品ごとに20ユーロの制裁金が徴収されることになった。このEU規制は中国の電器電子製品輸出にとって大きな打撃となり、2007年3月に中国国内にも電器電子製品に同様の有害6物質を含んではならないとする規制法規が施行された。このように産業が立ち行かなくなる懸念から緊急措置がとられ、これが動脈産業対策だとすれば、工業廃棄物の回収処理は静脈産業と名付けられる同じ産業であるため,こちらも成り立つようにする静脈産業対策が必要であろう。しかし、中国では廃棄電器電子製品の回収処理および再生利用を営む産業の健全な振興を図る法制度がきわめて不健全である。したがって、同じく産業の順調な発展を推進するという精神に基づき、工業廃棄物の対応法規も確立する必要があり、工業廃棄物に関する産業化も早急に進める必要がある。
三、実効事業に対する実効ある支援体制
中国では、上海市浦東新区のような先進的な工業地帯でも工業廃棄物の適正な処理が進展していないため、国際環境協力で何ができるか、上海市が全国普及を目指す循環型経済のモデルプロジェクトとして浦東新区の金橋輸出加工区に新金橋工業廃棄物管理公司をベースにして建設しようとしている「工業廃棄物再生循環利用基地」の構想を側面支援する事業の立ち上げを考えてみる。第一に、金橋輸出加工区に立地している日系企業の工業廃棄物の適正な処理およびリサイクルから着手し、現地の模範的な廃棄物処理企業である新金橋工業廃棄物管理公司とともに行えるビジネスモデルを先行させる。当地区の日系企業は日本国内ではCSRを重視する錚々たる企業群であるだけに、その延長として日本国内に準ずる高レベルの廃棄物処理やリサイクルを奨励しやすく、国際環境協力にふさわしい貢献となり得る。
しかし、単にCSRの動機に訴え日本国内の基準を奨励するだけでは、企業が重い腰を上げるのに今ひとつ現実的ではない。今後、企業の廃棄物処理やリサイクルへの対応力が中国市場での競争力を左右しかねないため、すでにメーカー自身がそうした自覚を持って中国での廃棄物処理やリサイクルを本格化させる日系企業も出てきていることが企業行動に対して説得力を持ってこよう。例えば、東芝はリサイクルしやすい製品設計を導入済みで、義務化されても即対応可能としており、また富士ゼロックスでは2008年に廃棄複写機やカートリッチ部品をほぼ100%再利用するシステムを中国全土で導入するための拠点となる現地法人を設立したといわれる。(17) 温暖化防止の問題では二酸化炭素の削減目標を定めた産業界の自主取組みに促されて日系企業は省エネに鎬を削っているが、工業廃棄物の削減および有用資源への再生がバージン資源を調達した場合のエネルギー・二酸化炭素量に換算されるのであれば、廃棄物処理やリサイクルの問題も温暖化防止の枠組みの中に入ることになり、企業が工業廃棄物の削減と再資源化に邁進するインセンティブはさらに増大することになろう。
ただ現在は、 現地行政の回収や処理を推進する政策の甘さから、加えて処理業者を信用できずに、まだ大方の日系企業が蛍光管など有害廃棄物を含む工業廃棄物を自社の工場敷地内に保管した状態にしておく傾向にある。新金橋工業廃棄物管理公司のような現地では模範的に処理事業を展開している処理企業でさえ日系企業の信任を得ておらず、廃棄物が思うように集まらない。そこで、国際環境協力のコーディネート機関として、日中双方の環境行政や研究機関の専門家・指導員から成る「日中廃棄物適正処理協力連絡会」(仮称)を組織し(18)、中国国内の規制政策を先取りして日本国内に準ずる適切な廃棄物処理を実施すべく、日系企業に対して保管してある廃棄物を処理やリサイクルの委託に回すよう協力を要請する。と同時に、新金橋工業廃棄物管理公司を何とか日本並みのリサイクルができるモデル工場に仕立て上げるため廃棄物処理の技術指導やノウハウを提供する仲介も務める。その際、当公司から川崎のエコタウンへの視察団や研究員の受入れも積極的に行い、相乗効果を狙う。なお、技術指導やノウハウを人材派遣によって提供するのは、同事業の中核となるJFE環境(株)や
第二に、そうした中核企業や川崎に進出した中国企業などが協同組合等を結成し、そこを通してトレーサビリティや品質管理に配慮しながら、日本国内の工業廃棄物をもとに再生資源循環として新金橋工業廃棄物管理公司との間で輸出入を展開するビジネスモデルの促進役も「日中廃棄物適正処理協力連絡会」が務める。中国の廃棄物取扱い業者、例えば廃非鉄金属や廃プラスチック、中古機器のバイヤーは今でも大勢が来日して資源価値のある廃棄物を買いあさっている。日本側も国内の市場では価値の低い雑品は海外に売りたいと思っており、世界の工場として中国の需要は旺盛なため売買は活発である。(19) 廃家電や廃プラ、廃PCなどの回収リサイクルを業務とする上海市環境保護局所管の上海廃棄物中古業協会のような優良な処理業者も視察団を組んで来日している。新金橋工業廃棄物管理公司は廃銅などの輸入権を持っており、廃PCなどから再利用可能な有用資源を選別するため日本で粗分解して雑品として輸出するなら質・量ともに相当数の輸出が可能である。逆に精錬した再生資源製品を日本が輸入するルーチンを作れば、ミニ資源循環が成立する。(20)
問題は、廃PC基板などの現時点では中国国内で処理するのが厄介な廃棄物をどうするかであるが、中国では硫酸などの薬品を使ってそこから貴金属を取り出す過程で生じる環境汚染や人体被害、またそうした非効率なリサイクルによる希少金属の浪費も問題となっていることから、それら特殊な廃棄物は、日本国内で発生するものは当然として、中国で発生するものに関しても高度な精錬技術と施設を持つ日本が受け入れて処理すれば負の遺産を生むことなく、効率的なリサイクルができ理想的である。バーゼル法に抵触しない輸出の仕方に配慮しながら、相互の技術水準や経済費用の違いを利点として活かした共同作業を展開していくなど、その時々で合理的な資源循環のスキームを模索していく必要があると言えよう。
こうした「日中廃棄物適正処理協力連絡会」による国際環境協力のコーディネートには支持する政府部門がなくてはならない。例えば、
なぜ、日本側は
かつて日本の高度成長時代(60〜70年代)に、公害問題や廃棄物処理問題で苦しんだ経験を持つ
今年2007年10月に
注:
(1) この論稿は、中村和雄氏 ( 日本ヒューマニクス椛纒\取締役、NPO法人アジア起業家村推進機構専務理事、および新金橋工業廃棄物管理公司高級顧問 ) による事業化構想に対して、筆者の分析と見解を加えてまとめたものである。
(2)〈专家建议政府主导强制收集处理电子垃圾措施〉(孙小静记者) 《人民日报》2007年7月6日。
(3) 王景伟教授编《关于中国电子废弃物资源化事业的可行性调查研究》上海第二工业大学电子废弃物资源化研究所, 2005年5月,12頁。
(4) 《人民日报》2007年7月6日,前掲記事。
(5) 《关于中国电子废弃物资源化事业的可行性调查研究》前掲,15頁。
(6)〈全球电子垃圾70%抛弃在中国〉上海市市容环境卫生管理局科技委《科技信息与动态》2006年12月。
(7) 《关于中国电子废弃物资源化事业的可行性调查研究》前掲,15頁。
(8) 〈上海金桥功能区加快工业废弃物再生循环基地建设〉上海市市容环境卫生管理局科技委《科技信息与动态》2006年12月。童澄教教授著《可持续发展的能源和环境问题》上海交通大学,2005年10月。20〜24頁。童教授は廃棄物処理やリサイクルの問題も温暖化防止の枠組みの中に入れ、工業廃棄物の削減および再資源化に要する燃料エネルギーだけでなく、再生される有用資源そのものに関してもエネルギー・二酸化炭素量に換算する提案を行なっている。
(9) 〈回收利用 废旧硒鼓、墨粉盒处置有了绿色通道〉《中国环境报》2006年7月28日。
(10) 上海浦东新金桥工业废弃物管理有限公司HP,URL;http://www.xjqhb.com/w1-1.htm
(11)
同上。
(12) 中村和雄氏(既出)の浦東新区金橋輸出加工区における現地ヒアリング調査による。
(13)《人民日报》2007年7月6日,前掲記事。
(14)《人民日报》2007年7月6日,同前記事。
(15)〈上海政府强制报废旧家电,二手流通需上贴身份证〉《东方早报》2006年12月15日。
(16) 上海市経済委員会、市財政局など4部門が連名で下達する
「政府機関と事業体における廃棄電器電子製品の集中回収処理の実行に関する通知」
本市の各機関と事業体:
目下の電子廃棄物の不法投棄や無秩序回収や不適正処理などといった現状を変え、廃棄された資源を着実且つ有効に利用し、環境汚染を防止し、電子廃棄物の総合的利用と汚染物の無害化処理を促進し、力を入れて循環型経済を発展させるために、同時に国家の秘密情報の安全を確保し、共産党と政府機関の廃棄されたパソコンなど電子設備を安全に処分するために、「中華人民共和国固体廃棄物環境汚染防治法」、「国務院循環経済の発展を速めることに関する若干の意見」(国発[2005]22号)、「再生資源回収管理弁法」(商務部令2007年第8号)、国家発展改革委員会の「循環型経済の試行に関する通知」(発改環資[2005]2119号)、中共中央、国務院が伝達した「中共中央保密委員会弁公室と国家保密局、秘密担体保密管理に関する規定」(庁字[2000]58号)、上海市国家保密局の「上海市の国家秘密に渉る電子メモリーに対して指定された場所で集中廃棄することに関する通知」(滬発保[2007]3号)(以下、「通知」と略す)の要求に応じ、本市で実施している「環境保護三年行動計画」(滬府発[2006]1号)と結びつけて検討した結果、全市各機関と事業体で電子廃棄物の集中回収処理を実行することにする。伝えるべき関係事項は次のとおりである。
1.本市各機関と事業体の廃棄されたパソコン、複写機、FAXマシン、プリンタなど電子・電器製品は、既に国家環境保護部門が発布した「環境保護施設運営資質証明書」、「上海市危険廃棄物経営許可証」を取得し、そして機密に渉る電子メモリー廃棄資格を有する企業として上海市国家保密局に認定された企業に委託し、無害化処理をしてもらわなければならない。目下、上海市には上記の資質を有する企業として上海電子廃棄物交投センター有限公司がある。もし本市に上記の資質を取得した他の企業があれば、各単位は自分の判断で処理企業を選ぶことができる。
2.各単位は廃棄された電子製品の収集と処理を資質のない単位や個人に委託してはいけない。また、不法投棄したり、生活ごみと混ぜて処理したりしてはいけない。その他の単位や個人が廃棄された電子製品を無償で指定された回収・処理企業に引き渡すことを提唱し激励する。
3.国家の機密や内部情報に渉るパソコンなど機密に渉る電子メモリーを内蔵するOA設備を処理する時、上海市国家保密局「通知」の規定に従ってそれらの設備を上海電子廃棄物交投センター有限公司に運んでそこで集中廃棄しなければならない。上記の規定に違反する機関と事業体に対してはその指導者の責任を追及する。
4.上海電子廃棄物交投センター有限公司は電子廃棄物を受け取ってから処理の依頼方に受取書を出さなければならない。その受取書は回収処理の証拠で、依頼方の処理依頼済の根拠にもなる。既に回収された電子廃棄物に対して適正処理を施さなければならず、二次汚染を発生させたりしてはいけない。同時に、交投センターは処理と資源の再生利用状況を定期的に上海市経済委員会に報告すべきである。
5.目下、電子廃棄物の処理費用は一時的に交投センターが負担することになっている。今後は国家の関係法規が発布されてから、その法規に依って執行する。
6.各区、県の経済委員会、環境保護局、財政局、保密局は本地区にある機関と事業体の電子廃棄物の適正処理に調整役と監査役の役目を果たすべきである。
上海市経済委員会
上海市財政局
上海市環境保護局
上海市人民政府機関事務管理局
2007年5月23日
(
(17)「家電・電子機器・自動車、リサイクル設計 中国義務付け」『日本経済新聞』2007年8月15日朝刊。
(18)「日中廃棄物適正処理協力連絡会」の運営は、当プロジェクト(「工業廃棄物再生循環利用基地」)の関連事業に携わった企業(新金橋工業廃棄物管理公司など)が得た収入の一部を提供していただいて充当する。
(19) 但し、こうしたバイヤーの中には不適切な輸出を助長し、その結果、中国国内の環境汚染を引き起こしているといった側面があるので、その対策が必要である。わが国では、従来の廃棄物処理法は無許可で廃棄物を輸出しようとして税関検査で発覚しても輸出を取り下げれば罪を問わなかったが、改正廃棄物処理法では廃棄物を船舶や航空機に積み込む前であっても、無許可が発覚すれば違法輸出と認定され、罰則の対象となる。このように、許可なく輸出する廃棄物事業者の取り締まりは強化されたが、輸出国が適正な廃棄物を輸出する管理システムとして、そもそも輸出許可を出せる廃棄物資源の合格基準を精査する必要があるという問題も考えておかなければならない。また、輸出側が考えておきたい管理システムに、輸出された廃棄物が適正かどうか輸出業者やメーカーまで遡ってCSR(企業の社会的責任)を問えるような現地でのフォローアップ体制を付け加えたい。わが国の廃棄物なら品質基準は国内のものと同一であって当然であるため、検査漏れ廃棄物など現地で問題が発覚した場合、廃棄物管理マニフェスト、ICタグ、GPS(Global Positioning System 全地球的測位システム)といった情報技術によって自国企業の責任を追及できる管理システムを整備するのも当然である。詳しくは、大和田滝惠著『中国環境政策講義―現地の感覚で見た政策原理』(駿河台出版社、2006年) 94-96頁参照。
(20) 事業スキーム図(PPT)
(21) 「上海環境会議」は上海環境科学技術政策国際会議の略称であり、日中環境協力の課題を追究し、そのあり方を模索してきた日中間の産学官による継続的な主力プロジェクトである。1995年に上海交通大学で開催された第1回上海環境会議 ( 主催:上海交通大学、上海市環境保護局、日中ベンチャー交流促進センター。 後援:旧通産省、新エネルギー・産業技術総合開発機構NEDO、地球環境産業研究機構RITE 他) を皮切りに、今年2007年11月の上海環境会議が第5回目となる。その間、同会議の反響は大きく、中国電子産業視察セミナーと上海ハイテク技術視察セミナーの開催や、上海教育テレビの協力のもと中日地球環境産業事業合作センターを開設し、また日本の環境最前線を紹介するテレビ番組を上海や衛星TVで放送し好評を博す。環境産業面では上海市環境保護局の支援を得て、上海市環保事業発展センター等との共催による日中環境産業協力や日中循環資源リサイクルに関するシンポジウムを開催してきたことなどを通して、日中間の産学官コンソーシアムを形成してきた。中国の廃棄物事情調査など、日本の政府機関や大学への協力も多数に上る。
(22)「アジア起業家村構想」は2002年に当時の地域振興整備公団副総裁の山口務氏(現NPO法人アジア起業家村推進機構理事長)が提唱、2003年に
以下引用: NPO法人取得後は、アジア起業家村を構成する主役となるアジア人留学生等の起業家予備軍(留学生OBや内外の就労者も含む)や事業進出しようとするアジア企業家、またアジアの人々と共同事業を図ろうとする地元事業者や起業家への支援活動を更に活発化させ、人材育成面を通じての国際協力、合作による環境産業や情報IT産業の発展を図る等により、地域経済の発展や新時代に相応しいまちづくり、ひいてはアジア人との共生社会の実現に向かって貢献してまいりたいと考えています。
上智地球環境学会編 『地球環境学』NO.2 2006年12月25日発行
アスベスト問題は何故こんなに深刻になったのか?
――被害の拡大を食い止められなかった「深因」の考察
(試論)
上智大学地球環境大学院教授 大和田滝惠
概要
アスベスト問題は、世間ではもっぱら、国の対応の遅れに批判が集中している。その背後に学説の影響が大きかったことは、ほとんど問題にされていない。
アスベスト問題の「行政の不作為」について、国は危険性を知りながらアスベストの規制を充分には行わず、対応が断ち切れになってしまったことは不自然だ。
「行政の不作為」という国の対応は、環境政策に関するある学説が関与していたことによって、もたらされたのではないだろうか。今回のアスベストの被害は、当時政策決定に主導的な力を発揮し出していた一部の環境学説に重大な責任があることを明らかにする必要がある。
企業の側に実際に禁止措置をとるほどの深刻な認識があった中で、政府が全体を迅速に禁止に導かなかったのは、なぜか。有害物質の全面禁止の弊害を執拗に説くリスク・ベネフィット論の影響を、政府が受け始めていたことが疑われる。
Why
did the asbestos problem become serious so much?
――The considering of " A deep cause " which could not stop
the expansion of the damage
(A preliminary essay)
Takiyoshi OHWADA
Abstract
As for the asbestos problem, criticism in
society concentrates on a delay of the country’s response. In the rear, theoretical influences played a major role
but this was hardly discussed as a problem.
About " the cesser of the public administration
" of the asbestos problem, it is unnatural
that the country does not perform regulation of asbestos enough while knowing danger, and could have avoided
responding to the issue.
Did not the theory
of an environmental policy play the role in delaying the response of a country of " the cesser of the public administration "? It is necessary to clarify the
responsibility of this environmental theory for the damage caused by the
asbestos because of the leading power this theory played for policy decision
making in those days.
Is it why that the government did not lead the whole to
prohibition quickly while there was serious recognition as companies actually take a prohibition step ? It is
doubted that the government had begun to be influenced in the risk benefit theory to preach obstinately an evil of full-scale prohibition of a toxic substance.
アスベスト問題は何故こんなに深刻になったのか?
――被害の拡大を食い止められなかった「深因」の考察 (試論)
1.
責任の所在
昨年来、アスベストによる被害の大きさが社会を揺るがした。これほど被害が大きくなったことに関して、世間ではもっぱら、国の対応の遅れに批判が集中している。その背後に学説の影響が大きかったことは、ほとんど問題にされていない。
国の対応が批判される「行政の不作為」について、関係省庁の連携がわるかったからだ、というだけでは説明がつかない。責任の所在はそこにだけあるのではない。国は一方でアスベストの危険性を知りながら、他方でアスベストの規制を充分には行わず、対応が半ば断ち切れになってしまったことはきわめて不自然だ。「行政の不作為」という国の対応は、環境政策に関するある学説が関与していたことによって、もたらされたのではないだろうか。今回のアスベストの被害は、当時政策決定に主導的な力を発揮し出していた一部の環境学説に重大な責任があることを明らかにする必要がある。
業界でさえ、早くから強い発がん性が指摘されていた青石綿は、七〇年代から自主規制し始めていたし、同じく発がん性が強い茶石綿についても、旧労働省(現厚生労働省)が使用を禁止した一九九五年より二年先行して使用を自主的に中止していた。アスベストの輸入量および使用量とも九〇年をピークに減り始め、業界では他の原料に転換する流れが定着していった。
これはダメだと考えて禁止にする企業すら一つならず現われたにもかかわらず、つまり、実際に禁止するほどの重大な認識があった中で、政府が全体を迅速に禁止に導かなかったのは、なぜか。
八〇年代初頭から、政府は専門家の力を借りてアスベスト政策を決めていた。時あたかも、行政にリスク・ベネフィット論が次第に浸透していった頃である。リスク・ベネフィット論(The Theory of Risk-Benefit Ratio)とは、ベネフィット(便益)を享受するには一定のリスク(危険のある度合い)は受け入れるべきだという考え方。当時、リスク・ベネフィット論を信奉する学者が役人たちから支持され出していた。有害物質の全面禁止の弊害を執拗に説くリスク・ベネフィット論の影響を、政府が受け始めていたことが疑われるのである。
2.
事実関係
アスベストによる健康被害は工場の従業員だけでなく、家族や周辺住民の間でも起きているという事例が、海外では一九六〇年代から相次いで報告されていた。(1) また、一九七〇年代の初めにはアスベストに発がん性があることが世界保健機関(WHO)や国際労働機関(ILO)によって指摘されていた。(2) こうした海外の動向により、一九七一年に旧労働省がアスベストの作業現場での飛散防止を盛り込んだ「特定化学物質等障害予防規則(特化則)」(3) を施行し、特化則の解説書で、アスベストの飛散が公害問題を引き起こす恐れがあると指摘していた。
遅くとも一九七二年には、旧労働省と旧環境庁はアスベストの危険性について認識していたことが、過去のアスベスト対策に関する各省庁の検証で判明している。そして、一九七六年に旧労働省は早急にアスベスト対策を実施するよう指示する通達を出し、一九七八年に旧労働省の「石綿による健康障害に関する専門家会議」が海外の動物実験や疫学調査からアスベストの吸入が少量でも中皮腫は発症するという因果関係を認定する報告書をまとめていた。
さらに一九八〇年に、アスベスト使用量の急増に伴い一般市民が曝露する危険性が高まったことにより、旧環境庁は被害についての外国の事例を引用し「直ちに対策に向かって具体的行動を取るベきだ」とまで表現して緊急対応を促す報告書を出していた。このように警鐘を鳴らす報告書を出しておきながら、その趣旨を受けて急きょ設置された同庁の「アスベスト発生源対策検討会」が用途別各地点で実施したアスベスト濃度の実態調査では、意外にも警鐘の趣旨には沿わない正反対の結論を偏った調査方法によって導き出してしまった。
実態調査は一九八一年から八三年にかけて、全国の約七〇〇地点で大気中のアスベスト濃度の測定を実施。ただ、住民への被害が最も心配される工場周辺の検体数が調査全体の検体数の中で一割にも満たず、しかも同検体の測定濃度がその前後に行われた同種調査の測定結果に比べて数十分の一という低い数値であった。そして、調査終了の翌八四年、大気中のアスベスト濃度は極めて低いレベルにあるとし、アスベストの排出規制を見送る提言を結論とした報告書が提出された。(4)
その前後に行われた同種調査のうち、七七年と七八年の二年間にアスベスト工場の周辺で測定された平均濃度も、後の方では二年後に公表された八五年調査の平均濃度も、また学校施設でのアスベスト使用が社会問題化した八七年の緊急調査でも、おしなべて八三年に出された調査結果の数倍から数十倍の高い数値だった。
八七年調査ではWHOが定める安全基準の三〇倍もの数値が検出された地点もあったことや、八八年には工場従業員等の健康被害が相次いで判明したことにより九都道県で実施された工場周辺の緊急調査でも八三年に出された調査結果の数十倍の高い平均濃度だったことから、八九年のアスベスト排出規制のための大気汚染防止法の改正に政府が乗り出すきっかけとなったほどである。
こうしてみると、七〇年代と八五年以降との間にはさまった八一年から八三年にかけて行われた調査と、それをもとに八四年に出された報告書のあり方が問われる。当時のアスベスト専門家の間からも「もっと木目の細かい調査が必要だ」という意見があったほどだ。
しかも、同対策検討会が調査を実施している最中の八二年、アスベスト工場の付近に居住歴をもつ一般の人が中皮腫と診断された症例が日本胸部疾患学会(現日本呼吸器学会)で報告され、八三年には学会誌にも掲載されていた。しかし、驚いたことに、一九七六年に旧労働省が注意を喚起したイギリスの工場周辺での被害例と同様の環境曝露が現にこの日本国内で起きているにもかかわらず、多くの専門家を擁する専門の対策検討会が「アスベストによる一般国民へのリスクは小さい」として排出規制の見送りを決定したのであった。(5)
当時の状況が危険だった証拠に、九〇年を境にアスベストの輸入量や使用量がピークアウトするまで、とくにアスベスト工場の隣接地域でアスベストが大気中に飛散し、近隣曝露によって中皮腫を発症しやすい状態だった。前述の八五年から八八年の調査に加えて、九〇年にも前年の大気汚染防止法の改正を受けて三一都道府県と六政令指定都市が工場周辺で大気中アスベストの濃度測定を実施したが、測定地点の一二%で改正法が定める健康被害の許容基準を超過していた。
3.
背景の考え方
昨年、アスベストによる被害が社会問題となった後、環境省でアスベストの飛散による健康への影響を調査していた検討会の座長が、以前にアスベスト製品のメーカーの業界団体である日本石綿協会で顧問を務めていたことを理由に座長を辞任した。その際、顧問だった一九八五年から九七年までの間に協会が製作したアスベストのPRビデオ「社会に貢献する天然資源アスベスト」に出演し、アスベストについて「自動車の排気ガスなどでも常に発がん物質が出ている。本当にそれをゼロにしなければならないのかという疑問に突き当たる。決してゼロにしようと考えるべきではない」と述べたことを反省する旨の談話を発表した。マスコミの取材に対して、「アスベストはゼロにするよう努力すべきと言うべきだった」と当時の考え方を撤回し、顧問を務めていたことについても「行動を誤った思いだ」と話したと報道されている。
アスベストのような有害化学物質でも「ゼロを目指すべきではない」とするのがリスク・ベネフィット論の立場だが、辞任した座長が当時の発言の誤りを認めたということはリスク・ベネフィット論には間違った考え方が含まれていることを示していよう。(6)
実際、中皮腫は吸引したアスベストの量と関係なく発症すると言われている。したがって、アスベストは濃度がこれ以下なら安全というような許容基準を設定することさえ本来は意味を成さない。しかも、曝露した期間が短くても発病する危険性を否定できないようだ。
旧労働省と旧環境庁は一九七二年には、WHO下部組織の国際がん研究機関およびILOの専門家会議の指摘によってアスベストの発がん性について確かな認識をもつようになった。また、発がん性物質はこれ以下なら安全という「閾値」(いきち)を設定できず、どんなに低濃度でも発がんの危険性があることは当時から知られていた。(7)
旧環境庁職員の証言(8)をみると、八〇年ごろまでは「発がん性の物質については、閾値がないと考えるべきとの意見が大勢であったが、リスク便益評価の考え方も米国等の学会で議論され始めた時代であった」とある。多少の犠牲が出てもコストパフォーマンスがよく全体の便益を増す選択肢を取るという、リスクよりもベネフィットを重視する考え方、多少の犠牲ならベネフィットを優先するのもやむを得ないとするリスク・ベネフィット論は、一九六〇年ころからアメリカに登場し、七〇年ごろには政策形成の理論として影響を与え始め、八〇年ごろまでには確実に日本にも上陸していた。(9)
先に触れた旧環境庁の有識者による「アスベスト発生源対策検討会」が実施した測定調査で、不自然なほど測定結果がその前後に行われた同種調査より低い数値であったことは、当理論を適用しやすかった。本来これ以下なら安全という閾値がない有害物質でも低めの数値なら、当理論の適用によって、強力な規制措置を講じなくて済む理論的な裏づけとなったからである。
検討会の結論は、環境中の汚染が少量なら問題は大きくならないし、アスベストは耐久性があり、コストも安い等の理由から、使用に対して強い規制を加えれば産業界に大きな経済的不利益を与えるというものであった。(10) 検討会では、「代替は困難」という認識が強かった。代替物には未知の危険性があるかもしれないし、資源やエネルギーを余分に消費すると考えた。
厚労省化学物質対策課が回顧するところによると、八〇年代初頭当時、すでにアスベストの危険性は充分に認識しており、従事労働者の安全を確保するためには全面禁止に持ち込みたい考えはあったという。しかし、全面禁止にして長期的な健康被害に備えるより、代替品の耐久性や安全性が保証されなければアスベストの使用はやむを得ないという考え方が優勢となった結果、アスベストの完全な規制は先送りされる格好となった。
旧環境庁職員の証言でも、八〇年代前半には、官僚たちの間で「『未然防止』の観点からは排出規制が必要と認識していた」と述懐している。結局、規制強化と便益享受の両者が拮抗した結果、リスク・ベネフィット論の考え方を重視する側が優勢だったのである。(11)
有害物質を禁止することのリスクは大きいと誇張したがるリスク・ベネフィット論が、強い影響力を行政決定に及ぼしたことが検討会の報告書からも充分に読み取れる。検討会にかかわったリスク・ベネフィット論的な考え方をする関係者が今なお同様の考え方を捨てておらず、当時の雰囲気を今に伝えている。(12)
アスベストは誰でも直ちに禁止措置をとるべきだと考える物質だが、この関係者は過去にもそう考えなかったようだし、今でもそうは考えていない。たとえば、主張のトーンは少々抑制気味であるものの、「リスク論やコストパフォーマンスの観点からは、これから先もアスベストは厳重に規制管理しながら使用するのが合理的かもしれない」と、今でも公言している。(13)
また、この関係者は、代替が難しかったアスベスト含有素材に代わる別材質の代替品開発済みというニュースをよく目にする最近になっても、代替物は危険だとする説を変えようとしていない。(14) 当時も代替物によってアスベストを全面禁止する動きが国際的にはあったのに、「アスベスト使用禁止のトレードオフで別のもっと大きなリスクが出てくるかもしれない」として前向きな姿勢ではなかった。(15)
別の著名なリスク・ベネフィット論の信奉者も、「すぐにやめることができないのは、やめたときの影響が大きすぎるからである。どういう影響か?不便、生活程度の低下、費用の増大、そして、ある場合は、エネルギー消費量の増大や資源消費量の増大をもたらす」と言って、リスクの回避にはベネフィットの損失を伴うものだと解説する。(16) そして、発がん性など有害な影響があるとはっきり分かっている化学物質でも、「ゼロを目指すべきではなく、複数のリスクの合理的な配分を目指すべき」だと付け加える。(17)
これほどの決定的な被害となったことを知った後でも、リスク・ベネフィット論的な考え方をする環境学者の間では、アスベストの使用を全面禁止にすることがトータルにみてリスク削減に繋がるのかは慎重に判断すべきだとする主張がなされ、それがもたらす結果やその実質の吟味については少しも見直しを進めようとはしていない。(18)
命の損失のリスクと経済的ベネフィットの損失のリスクとを同じ種類のリスクと考えているのだろうか。前者のリスクの方が一段も二段も上の重視しなければならないリスクであり、深刻なリスクであるという認識がないのが、この理論の特徴のようだ。(19) 「なにがなんでも命を保全する」という発想がない。逆に、命を保全した方が経済的ベネフィットの損失を招かないことは、今回のアスベスト問題が如実に示しているではないだろうか。
また、リスクが小さい場合にはアスベストの使用を禁止にしなくてもよいとする理論は、リスクの程度の判断になじまないものに誤った判断を下すことになる。アスベストは「リスクは小さい」のだからよいとされてはいけないものであることは、早くから分かっていたはずである。(20)
以上から、間違った学説に対する責任追及も必要である。(21) アスベストは禁止にするのが適切だという考え方が出た時点から、わが国の禁止措置は大幅に遅れた事実が禍根を残した。(22) この間、どこかの時点で、深刻な被害の兆候を先取りする「予防原則」を発動すべきだった。(23) 発動しなかったことが、アスベストのような物質では、こういう結果をもたらしてしまうことになるのを心奥焼印として刻み付けるべきだ。(24)
「予防原則」を発動しないと後悔するほどの重大な結果を招くのである。リスク・ベネフィット論では、「予防原則」によって禁止措置をとったら代償が大きいと主張するが、逆ではないだろうか。命にかかわるほどの有害物質は、「予防原則」を発動しない方が代償が大きいことを証明している。(25) また、禁止措置が可能だったことは、アスベストを使用する企業が大幅にピークアウトした後でも経済的代償はほとんどなかったことからわかる。
注:
(1) 「アスベスト災害は少なくとも、1964年のセリコフ教授の研究で明らかとなっていて、史上最大の産業災害になることは警告されていたのである。」(宮本憲一著『維持可能な社会に向かって』岩波書店 2006年 47頁)。
(2) 文献によっては、さらに早い時期に関する指摘がある。
「現在のアスベスト問題において、政府の責任はきわめて重いものがあります。それは、すでに多くの報道がなされているように、数十年前からアスベストの危険性は政府内で把握されていたにもかかわらず、その対応が全く遅れてしまったからです。アスベストによる疾病の問題については、すでに19世紀末から各国において報告が出されており、1927年にはアメリカで早くもアスベスト企業が裁判によって損害賠償請求をつきつけられています。そして1930年代には、アスベストと肺がん、悪性中皮腫、石綿肺などの疾病との関連性について多くの調査報告が出されるようになり、1960年代にはその因果関係についてほぼ完全に証明されていました。」(宮本憲一編『アスベスト問題』岩波ブックレット 2006年 8〜9頁)。「1964年にはアスベスト災害については、科学的な判断はできたといってよいでしょう。その後の経過をみれば、「行政の不作為」は明らかではないでしょうか。」(同前、26頁)。
「アスベスト労働者の肺ガンと悪性中皮腫が世界で初めて報告されたのは、1935年でした。50年代に、アスベストばく露と肺ガンとの因果関係が確定し、60年代に悪性中皮腫との関連が明白になりました。1960年以降、アスベスト労働者の妻子や使用人、近隣住民らの悪性中皮腫等の報告が相次ぐようになり、アスベストは小量ばく露した者に対しても危険であることが判明しました。」(アスベスト根絶ネットワーク著『ここが危ない!アスベスト』 緑風出版 2005年 30頁)。
「アスベストが有害だと分かったのは1960年代だ。それなのに、国も企業も被害を出さないためにこれまで万全の策をとってきたとはいえない。」(朝日新聞2006年1月23日朝刊の社説「石綿救済法」)。
(3) 1971年、労働安全衛生法に基づき特定化学物質等障害予防規則(2005年に石綿障害予防規則として分離独立)が制定され、作業現場の規制が始まる。略称・特化則第2条の特定化学物質の定義に、「施行令別表第3に掲げるもの」として「石綿(アモサイトは除く)」が入っている。アモサイト(茶石綿)に関しては、特化則第38条の8・9(石綿等に係る措置)において「施行令第16条第1項第4号に掲げる物」に指定されている。つまり、アモサイトとクロシドライト(青石綿)、アモサイトおよびクロシドライトを除く石綿を重量換算で1パーセントを超えて含有する別表第8の2に掲げる製品に関しては労働安全衛生法施行令第16条により、特定化学物質の一つ上位の「製造禁止物質」とされているわけである。但し、過去に製造され,すでに流通している当該製品に関しては、特化則第38条の8・9において作業条項が示されている。
(4) 「アスベスト発生源対策検討会報告書」(昭和59年12日 座長:輿重治 (当時)労働省産業医学総合研究所部長)
(5) 77年から旧環境庁で大気中の石綿の濃度を調査していながら、89年まで大気汚染防止法による規制を行わなかった対応については、正当化に終始する。「測定された石綿濃度は非常に低く、国民への影響は非常に小さかった」と理由を述べ、「当時としては妥当な判断だった」と結論づけた(朝日新聞2005年8月27日朝刊「時時刻刻」の欄「アスベスト対策検証」)。行政責任は明確には認めず、予防措置が浸透していなかった原因などを「今後とも精査する」とするにとどめた(日本経済新聞2005年8月26日夕刊 「省庁連携、反省の余地」)。但し、「政府が危険性を認知して以降に石綿を吸い込んだ患者が今後も増え続けるとの予想もあり、責任論はくすぶり続けている。」(朝日新聞2006年1月31日朝刊「くすぶる政府の責任論―規制の遅れ問う声」)。
(6) 毎日新聞2005年9月10日朝刊「主張 提言 討論の広場」の欄「アスベスト禍を考える」というテーマで、日本石綿協会環境安全衛生委員長の富田雅行氏は、「リスクとコストと有益性に関するリスクコミュニケーションをさらに活性化し」と、相変わらず協会のリスク・ベネフィット論的な考え方の健在ぶりを示している。
(7) 米国の セリコフ博士は、「アスベストによるガン発生に関しては、それ以下ならば安全だと言える量の存在を証明した研究はない」と述べている (中村三郎著『水道水も危ない―アスベスト汚染の恐怖』、酣灯社、2006年 49頁) 。『静かな時限爆弾―アスベスト災害』(新曜社)の著書もある東京女子大学の広瀬弘忠教授は、「アスベストに安全量、許容濃度というものは存在せず、どんなに微量であっても健康に害をもたらす危険性がある」と指摘している (同前、107頁)。また、「アスベスト繊維は一本一本が発ガン性物質なのであり、一つの臓器に何万本、何十万本のアスベスト繊維が蓄積されなければ発ガンしないというものではない。たとえ数本のアスベスト繊維であっても、また、その長短(大小)に関係なく、いったん体内に入れば血液の流れによって細胞に突き刺さり、そこがいずれガンに発展する危険性があるのだ。」(同前、108頁)。
「アスベスト繊維を少し吸い込んでも、がんになる可能性があります。発がん性に関しては、「安全な濃度」というものはないと考えられています。」(17頁)。「さまざまな機関の推定を比較検討した研究をもとに計算すると、例えば1リットル中にアスベスト繊維(白石綿繊維と他のアスベスト繊維の混合)が1本含まれている空気を10万人が50年間呼吸した場合、13人から130人が肺がんあるいは悪性中皮腫で死亡すると推定されます。」(48〜49頁)。以上、アスベスト根絶ネットワーク著『ここが危ない!アスベスト』 緑風出版 2005年。
「アスベスト繊維の沈着量と中皮腫発生とのあいだに量―反応関係がないという事実」(森永謙二編著『アスベスト汚染と健康被害』日本評論社 2005年 96頁)は、医学的見地からも確認されている。
(8) 以下、政府機関の証言・回顧については、「アスベスト問題に関する政府の過去の対応検証について」(平成17年8月26日)のうち、「アスベスト問題に関する厚生労働省の過去の対応の検証」(別添@)および「石綿(アスベスト)問題に関する環境省の過去の対応について―検証結果報告の概要―」(別添A)から引用した。
(9) リスク・ベネフィット論の公式な会議体などへの政策的な採用は、十年ほどのずれがある。
90年代に入ると、環境政策に「環境リスク」という新しい考え方が導入された。中央環境審議会は96年、有害大気汚染物質について、「一生涯人間が吸い続けた時に10万人に1人健康影響が出るかもしれない」というレベルで、環境目標値を定めるよう答申。これに基づき、化学物質ベンゼンの環境基準が新たに定められた (読売新聞2005年9月7日夕刊「アスベスト 大気中濃度の測定再開」)。この理論は、「多少の犠牲ならベネフィットを優先するのもやむを得ない」とするが、誰かの犠牲=万人がその中に落ち込む深刻な可能性を秘めていることに気付いていない。
(10) 毎日新聞2005年7月27日朝刊の「記者の眼」で大島秀利(大阪社会部)の署名記事「石綿を黙認した国―「健康と交換」の感否めず」は、「国は産業発展のため、国民の健康と引き換えに石綿の使用を黙認してきた面は否めない。」「私が警鐘を鳴らす最初のとっかかりを得たのは2000年だった。厚生省(当時)の人口動態調査で過去4年間に2243人が中皮腫を発症して死んでいた。しかも、既に英仏独伊が発がん性を重視して石綿の全面禁止を決めていたのに、日本政府の動きは見られなかった。そのことを報じた。」と述懐している。
(11) 小池環境相は、「科学的な確実性がなくても、深刻な被害の恐れがある場合、対応を遅らせないという、予防的アプローチに欠けていた。率直に反省している」と、「予防原則」をとらなかった非を認めている (読売新聞2005年8月26日夕刊「アスベスト省庁調査」)。
「政府は昨年8月末、関係閣僚会議で、過去の国の対応について検証結果を発表。」(朝日新聞2006年1月31日朝刊「くすぶる政府の責任論―規制の遅れ問う声」)。但し、「政府の検証で問題なのは、この考え方(「予防原則」あるいは「未然防止」)が「一般的にうけ入れられる状況ではなかった」などと、他人事のように書かれていることだ。では、だれが予防的アプローチを社会に浸透させるというのか。」(森永謙二編著『アスベスト汚染と健康被害』日本評論社 2005年 187頁)。
また、次の引用のような場合は「予防原則」を発動し得ないかもしれないが、「予防原則」( Precautionary Principle )とは科学的検証を待たずに環境および生命への被害が疑われる要素を取り除くことであるため、毒性が早くから明確であったアスベストはこのケースには当たらず、「予防原則」を完全に当てはめ得る。したがって、アスベスト問題は完全に後追い行政だった。「化学物質のリスクは被害発生のつど法的に対処してきた。まさに後追い行政だった。学問としても毒性学や生態毒性学が未発達なため、これら被害の発生を十分に予見できなかったことが一因となっている。」(北野大「化学物質のリスクとその管理」『化学と教育』47巻6号(1999年) 363頁)。
日本経済新聞2005年8月2日朝刊の「アスベスト禍(下)不作為のとがめ」(堅田哲、福田芳久、青木慎一の各記者が担当)という記事によると、有害物質に詳しい横浜国立大学の浦野紘平教授は化学物質や金属類のうち「毒性がはっきりしているのは二割程度で、残りはほとんど、リスクを抱えながら使っている」と話している。アスベストは毒性が強いことがわかっていて使っていた。毒性がすでにわかっていた物質に対する不作為であったため、厳密には「予防原則」以前の話だったのだ。
2006年2月に成立した「石綿被害者救済法」について、「問題なのは、病気の前兆が現れているだけでは、この法案では救済の対象にならないことだ。」 (朝日新聞2006年2月1日朝刊 )と、現在も相変わらず「予防原則」が重視されていない。
なお、「予防原則」については、次のような意見もある。「予防原則(precautionary
principle)と予防的取組み(precautionary approach, 従来は予防的方策と訳していたが、現在は取組みで統一)については普遍的な概念があるわけではない。たとえば予防的取組みには、禁止、製品の規制、教育、警告など幅広い範囲があり、どの取組みをとるかは政策決定者に委ねられるが、可能な限り科学的評価にもとづくリスク分析、代替的な措置の有用性などを考えねばならない。」(及川紀久雄編著、北野大、久保田正明、川田邦明共著『環境と生命』、三共出版、2004年 110頁)。
(12) 当時、環境庁大気規制課調査官であった久野武氏(関西学院大学総合政策学部教授)のホームページhttp://www.eic.or.jp/library/prof_h/index.htmlを参照。
(13) 「管理使用」が成り立たないことは、今でははっきりしている。次のような事実が確認されている。
アスベストを取り扱いながら「全く吸わないでいる」ことは不可能に近いと言えます。アスベストを吸わないための最善の方法は、アスベストを使わないようにすることです。アスベストを吸い込まないようにするには、防じんマスクも必要です。アスベストは非常に細い繊維なので、ガーゼマスクでは役にたちません。国家検定を受けた防じんマスクを使用することが義務づけられています。しかし防じんマスクをしていても、アスベストを100%防げるわけではありません。粉じんの95%を防げれば国家検定に合格します。アスベストの5%を吸い込んでいる可能性があるのです(アスベスト根絶ネットワーク著『ここが危ない!アスベスト』 緑風出版 2005年 118、119頁)。
「予防原則の観点からは、製造、利用、廃棄の過程においてアスベストが全く飛散しないようにするという措置が講じられるべきですが、飛散を100%無くすことが技術的・経済的に困難である現実を直視すれば、アスベストの利用そのものを完全に禁止するほかないはずです。」(宮本憲一編 『アスベスト問題』岩波ブックレット 2006年 57頁)。
「世界中のいずこにおいてもアスベストの「管理使用」は成り立たないという事実を直視することにより、より抜本的な対策である「使用禁止」という方向に進んでいきます。」と、「使用禁止」が必然的であることを述べている(森永謙二編著『アスベスト汚染と健康被害』日本評論社 2005年 35頁)。
(14)「現在では、特殊なパッキン用などを除いて、アスベスト製品は一切必要ありません。建設省、文部省、竹中工務店、大成建設なども、新築時にアスベスト製品は使わない方針を打ち出しています。アスベスト不使用をさらに広げ、アスベストの使用を原則的に禁止することが必要です。」(110頁)。「現在では、高圧・高温用のパッキンなどごく特殊なものを除いて、すべて代替品があり、アスベストは必要ありません。」(131頁)。以上、アスベスト根絶ネットワーク著『ここが危ない!アスベスト』 緑風出版 2005年。
「環境保全グループ(Environmental Working Group. 以下、「EWG」)は強い反論をしている。」(Environmental
Working Group“Asbestos:Think
Again”,Oct.2005.) 現在、「EWGはアメリカの現状にたいして、次のような解決のための勧告をしている。」「アスベストは禁止しなければならない。アスベスト使用からくる不必要な病気や死についての無益な論争をつづける理由はない。代替物は存在する。禁止の時期はいまである。」宮本氏は、「この提言の趣旨はいまの日本にもあてはまる。」とも述べている(宮本憲一著『維持可能な社会に向かって』岩波書店 2006年 13〜15頁)。
(15) 「代替品がなかった」という主張も精査しなければならない。ニチアスは1986年に、「ニューラックス」という代替建材を商品化した。新しい技術を使ったものだが、従来品より高かったので売れず、すぐに撤退した。もし、この技術開発を機に、国がこの分野での禁止時期を明らかにしていれば、脱アスベストは進んだだろう。「脱アスベスト、代替品開発」といっても、政府はそれをうながす対応をとらず、業界全体が困らない、外国に遅れないだけの「護送船団的行政」を続けていたともいえる。代替品を開発する気のない会社は禁止になるまでアスベスト製品を売り、禁止になれば撤退するだけの話だった。(森永謙二編著『アスベスト汚染と健康被害』日本評論社 2005年 186〜187頁)。
(16) 「厚生労働省は、ダイオキシン類は人体に摂取されたのち、脂肪組織などに蓄積され、その一部は母乳中に分泌され、さらに赤ちゃんの摂取による健康影響が懸念されることから、また一方、母乳は乳児の発育、感染防止、栄養補給に与える効果が大きく、母乳を推進する立場からその安全性を検討していたが、現状の環境濃度では問題ないとしている。一時、最高65pg/g脂肪まであったが大阪府が保存している母乳調査によると、ダイオキシン類の濃度は減少しており、最近20年間で半減している。」(及川紀久雄・北野大著『人間、環境、安全―くらしの安全科学』、共立出版、2005年 142頁)。
母乳はよくトレード・オフの議論に使われるが、ダイオキシンのように禁止にすればトレード・オフの議論は不毛で(意味がなく)必要なくなる。現に、ダイオキシンが環境中で減らせて、トレード・オフ論が意味を失した。したがって、リスク・ベネフィット論の中心的立論たるトレード・オフ論は化学物質の結論たり得ない。
(17)中西準子氏の『環境リスク論』(岩波書店 1995年)、『環境リスク学』(日本評論社 2004年)および中西氏のホームページhttp://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/などを参照。「やめることのプラスとやめることのマイナスを比較しなければならない。」とも言っているが、比較して誰かが犠牲になることには口をつむぐ。「リスク削減には、必ず別のリスク増大(ベネフィットの損失)が伴う」と決めつけるが、では、PCBやフロンは大きなベネフィットの損失もなく、やめることができたのをどう説明するのだろうか。
(18) リスク・ベネフィット論のリスク計算では、有害化学物質の発癌率を数万から10万人に1人というようにリスクを極端に小さく見積っている可能性がある。というのは、現在の全死亡者に占める癌死亡率の割合が3人に1人であることと掛け離れているからだ。なぜ、計算と実際がこんなに大きな開きがあるのか。複合汚染が計算されていないのも原因だと思われるが、現実の生活で私たちがこれほど高率で癌になる危険な状況にどんな事が考えられるか、日常生活の中に答えがあるように思う。
「アスベスト水道管が劣化するとアスベスト繊維がはがれてきます。」「動物実験では、口から入ったアスベストが体中に移動することがわかっています。米国のセリコフ教授らは1万人以上のアスベスト断熱材労働者を調査し、断熱材労働者は一般人にくらべ、肺がんのほか、胃がん、結腸・直腸がんにもなりやすいことを明らかにしています。」(72頁、73頁)。但し、「肺がんと悪性中皮腫のほか、喉頭がん、胃がん、大腸がん、直腸がんなどもアスベストによって起こるのではないかと疑われていますが、まだ定説にはなっていません。」(16頁)。以上、アスベスト根絶ネットワーク著『ここが危ない!アスベスト』 緑風出版 2005年。
現段階では、「アスベストもその一つですが、単独の環境汚染物質のリスクは大きなものでなくても、現実の生活では、環境たばこ煙、ディーゼル排気粒子、アスベスト以外の微細な繊維状粉じんも合わせてばく露を受けており、そのリスクが単に加算的であるのか、それともアスベストと喫煙のように相乗的な影響の可能性はないのかといった点は明らかではありません。」(森永謙二編著『アスベスト汚染と健康被害』日本評論社 2005年 170〜171頁)。
(19) 生命の保全の前提となる「環境保護の推進は、安価な材料を失うことによって生じる経済的デメリットより、優先度が高いものとして国際的なコンセンサスが得られているといってよいでしょう。」(勝田 悟著『早わかり「アスベスト」』 中央経済社 2005年 88頁)。
(20) かりに、大気汚染防止法の基準(10本/1リットル)は下回っている場合でも、アスベストは存在してはならない物質ゆえ、基準を達成していることには意味がない。
(21) 惨状の原因追究は足りないが、責任の所在について宮本憲一氏も次のように指摘している。「今回の問題では、なかでも日本の企業組合の欠陥、専門家の責任(とくに学際的な研究体制の欠陥)が改めて問われるように思います。」(宮本憲一編『アスベスト問題』岩波ブックレット 2006年 28頁)。「一千数百人を数える日本環境経済・政策学会で、アスベスト問題に関心をもっていた人がほとんどいなかったということは、科学の危機、いや科学者の危機といってよい。」「公害・環境科学が専門化して、急速にすすんだようにみえて、これは知識を積み重ねているにすぎないのではないか。」 (宮本憲一著『維持可能な社会に向かって』岩波書店 2006年 16頁)。「今回のアスベスト災害の告発がおくれた責任の一端は医学者を中心とする専門家にあるのではないか。」(同前、49頁)。
順天堂大学の樋野興夫教授は「研究者は30年前からアスベストの危険性を認識していた。しかし、情報を継続的に発信し、社会全体で危険性を最小限にする努力を怠ってきた」と、自戒を込めて語る(読売新聞2005年10月7日朝刊「安全除去には1兆円」)。
(22) 当省(厚生労働省)では、「アスベスト含有製品について、遅くとも平成20年までに全面禁止を達成するため代替化を促進するとともに、全面禁止の前倒しを含め、さらに早期の代替化を検討する。」(平成17年7月29日 アスベスト問題に関する関係閣僚による会合)との方針等を踏まえ、平成17年8月25日、「石綿製品の全面禁止に向けた石綿代替化等検討会」を設置し、アスベスト製品の全面禁止に向けた専門技術的な検討を行ってきたところです(平成18年1月18日 厚生労働省労働基準局「アスベスト製品の代替化の促進について」)。
平成20年までに全面禁止にする方針について尾辻厚生労働大臣は、「全面禁止をもっと早くすべきだったと率直に思う」と述べている。全面禁止への努力をもっと早くから進めることもできたことを示している。
(23) 「アスベストのように普及している段階で、慢性的な毒性がほぼ判明していた場合、現実に目に見えている障害ではなく、潜在的なリスクを排除しなければならないため、法律による強制的な対策はきわめて重要といえるでしょう。」と、予防原則の必要性が説かれている(勝田 悟著『早わかり「アスベスト」』 中央経済社 2005年 5頁)。また、「国もようやく厚生労働省が新たに石綿障害予防規則(2005年7月1日施行)を制定し、吹き付けアスベストだけでなく、広くアスベスト含有建材の改修・解体時に、作業計画の届出義務を課すようになりました。」(石綿対策全国連絡会議編『ノンアスベスト社会の到来へ』
かもがわ出版 2004年 98頁)。予防の視点がなかった証拠に、こうした対応が2005年にできたということは、もっと早期にできたはずである。
「主に壁や天井などの建材としてアスベストが大量に使われたのは、70年代から90年代初めにかけてだ。」(読売新聞2005年8月27日朝刊「社説」「アスベスト―行政の責任を避けた政府検証」)。「中皮腫の潜伏期間が30〜50年の長期に及ぶことを考えると、政府が70年代前半に環境暴露対策や、厳格な労災対策を実施していれば、今後出てくる患者も含めた被害の多くは防ぐことが出来たと考えられる。」(毎日新聞2006年2月4日朝刊)。
「2005年8月に政府が取りまとめた各省庁の過去のアスベストへの対応をみれば、あたかも各省庁はそのときどきにおける対策をとってきたように装っています。しかし、すでに述べたような「国民総被害」ともいえる現状そして未来に鑑みれば、これまでの政府の対策がいかにずさんなものであったかは誰の目にも明らかです。というよりも、むしろ政府は業界をはじめとした様々な利害関係者に配慮して、アスベスト対策については常に消極的だったと評価することができます。たとえば、国際労働機関(ILO)の「石綿の使用における安全に関する条約」(1986年採択、1989年発効)についても日本は批准せず、その手続きを始めたのは、2005年7月からです。また毒性の強い青石綿や茶石綿の輸入・使用については1995年に禁止されましたが、これはいずれも産業界がそれらを輸入しなくなっていた実態を追認したものに過ぎないものです。」(宮本憲一編『アスベスト問題』 岩波ブックレット 2006年 9〜10頁)。
ちなみに、1986年、条約を討議したILO総会で、北欧諸国や労働者代表は、段階的使用禁止の原則を主張。日本政府は、使用禁止に反対して、使用者代表や開発途上国のグループに属しました。日本政府は、「作業場から発散される石綿粉じんが一般の環境を汚染することを防止するために必要な措置をとる」という条文を削除する修正案を提出(否決)したり、ほかにもさまざまな注文などをつけていますが、この条約を批准するのは19年後の2005年8月のことです(森永謙二編著『アスベスト汚染と健康被害』日本評論社 2005年 36頁)。
政府は「関係省庁の連携は必ずしも十分ではなく、反省の余地がある」と結論づけている。だが、具体的な「反省」例はほとんどなく、大半は、過去の省庁別の対策を列挙したにすぎない。今回の検証期間は1か月だった。学識経験者など第三者も加え、今後さらに時間をかけて多角的な検証を行い、改めて公表すべきである。(読売新聞2005年8月27日朝刊「社説」「アスベスト―行政の責任を避けた政府検証」)。
(24) このアスベスト問題は、それに囲まれて暮らしていることによって、個人レベルとしてはどこに危険が潜んでおり、いつ吸い込んで被害を被るかよくわからない、掌握できない状況に置かれている。「一個人では環境問題にアクセスできない、つまり被害を回避できない」という筆者の持論を証明する好例である。筆者はリスク・ベネフィット論批判の論文で次のように書いた。
「リスク・ベネフィット論の欠陥は、ある個人にとってリスクが増す結果をもたらす行為が主体的に選択された行為かどうかを区別せず、したがって自己責任で回避できるリスクとそうでないリスクとを混同していることである。そして結局、個人としては回避できずにいる致命的なリスクでさえ、それが人為的に(政策的に)回避できるにもかかわらず、回避しようとしないことである。
環境問題の特徴は、個人には不可抗力の形で不可逆的な被害が万人に及び得るという点にある。私たちは個人のレベルで有害化学物質の規制基準などを決定することはできず、環境汚染の中に浸っていない境遇を、汚染の程度がかりに致命的であったとしても選択することはできないからにほかならない。リスク・ベネフィット論によって正にそうした不可抗力は放置され、むしろ人為的に増幅される恐れさえある。」(拙稿「環境政策を誤らせるリスク・ベネフィット論の欠陥――循環型社会の理念的完結のために」上智大学『ソフィア』第52巻第1号、2003年11月 )。
1960年代に発ガン性の疑いが出たときから、どこかの時点で「予防原則」を発動しなかったことの結果がこういう結果になったのであり、「予防原則」を発動しなかったことの結末を証明している。「予防原則」をとったら代償が大きいと主張するリスク・ベネフィット論者はどう返答するのか。リスク・ベネフィット論者はよくも「予防原則」が馬鹿げていると言えるものだ。「予防原則」の重要性と政府の役割の重大さを改めて痛感させられる。
「アスベストと健康被害の因果関係を知らない勤務者も多い」、「子どものころの吸引が原因とみられる」などの記事を新聞で見たことがあるが、例えばこういう事実は個人ではどうしようもない。つまり、個人レベルではアクセスできない、被害を回避できない環境問題が存在していることを示している。このような個人の気が付いていない環境問題であったとしても、それは個人の責任であるというよりも、一個人ではアクセスできない環境問題なのだから、すなわち被害を回避できないゆえ、それは政府の責任となる。環境問題には個人では手が届かない、「環境個人疎外論」が該当する面がある。個人レベルで知らなくても、いや知らないからこそ、社会的に発癌性など有害性が疑われていたのであれば、政府は積極的に規制を考えるべきだった。正に、私見の政府による「個人としては回避できずにいる致命的なリスクでさえ、それが人為的に(政策的に)回避できるにもかかわらず、回避しようとしない」範疇に当たる。
アスベスト問題は公害であり、「個人アクセス不可」の具体的な表現を挙げてみる。
「アスベストは身近な発がん物質です。建材をはじめ3,000種類もの用途に使われ、私たちの身の回りにあふれています。非常に細い繊維なので、空気中に飛散すると、なかなか落ちてきません。風に乗って1,120キロメートルも飛んで行ったという報告があるほどです。肉眼では見えず、においもしません。放射能なら測定器で簡単に計ることもできますが、空気中に飛散したアスベスト繊維の測定は素人には困難です。自然界ではほとんど分解しないので、環境中にどんどん蓄積していきます。アスベスト汚染は確実に広がっています。」(アスベスト根絶ネットワーク著『ここが危ない!アスベスト』緑風出版 2005年 18〜19頁)。
「3000種類も商品があり、日常的に住民が居住し、あるいは働いている空間にアスベストが存在します。このような商品公害は食品公害や薬害と同じような拡大製造者責任や予防原則にともなう行政責任が問われなければならないでしょう。」(宮本憲一編『アスベスト問題』 岩波ブックレット 2006年 23頁)。
「環境庁の調査によると、幹線道路の近くでは大気中のアスベスト濃度が高くなっています。路肩に近いほどアスベスト濃度が高くなっているので、ブレーキから飛散したものと思われます。」(アスベスト根絶ネットワーク著『ここが危ない!アスベスト』 緑風出版 2005年 75頁)。
「アスベストの存在確認をするには、技術的な知識も必要になりますので、一般公衆には困難です。」(勝田 悟著『早わかり「アスベスト」』 中央経済社 2005年 96頁)。
「過去において、5%以内の含有率の製品がノンアスベストと銘打って販売された事実があります。業界の自主的な取り組みとしてアスベスト製品には「a」マークがつけられていますが、5%以内の含有率の製品にはつけられてこなかったようです。今後、1%以下の低い含有率のアスベスト製品は法の規制対象になっていないという理由から、「a」マークもないまま、ノンアスベスト製品として流通する可能性は大いにあります。」(石綿対策全国連絡会議編『ノンアスベスト社会の到来へ』かもがわ出版 2004年 108頁)。
「建物の解体や改築時に、大気汚染防止法(大防法)では届け出義務のないアスベスト(石綿)の含有率1%以下の吹き付け建材について、測定の誤差から実際は1%を超えていたり、現場で高濃度の石綿が飛散している実態が相次いでいることが中皮腫・じん肺・アスベストセンター(
朝日新聞2004年11月13日朝刊「身近に残るアスベスト」という記事の、「目に見えないちりさえ通さない使い捨ての防護服と、顔を覆う防じんマスク。手袋の袖はテープでふさがれ、不織布のカバーで靴を覆う。
しかし、リスク・ベネフィット論的な考え方をする研究者による、個人にとってアクセス不可であるかどうかを度外視している視点が、次のような表現からわかる。
「ここで注意すべきことは、100%安全な物質は存在しないということである。たとえば食塩であるが、われわれは毎日これをみそ汁やしょうゆなどから摂取しているが、この食塩とて、もし200g程度を一気に体内に取り入れたとすれば、おそらく食べた人の半数は死に至るだろう。酒やビールなどのアルコール類も同様であり、この場合、体重の1%、体重70kgの大人では日本酒で2升5合程度を一気飲みすれば、飲んだ人の半数が死ぬことになる。このように、物質の有害性はその量によって大きく変化するものであり、大切なことは、まず物質固有の毒性を十分に把握したうえで、可能なかぎり暴露を小さくする使用形態を考えることである。この考え方は、すべての化学物質に適用されるものである。」(北野大・及川紀久雄著『人間、環境、地球―化学物質と安全性』第3版、共立出版、2000年 110〜111頁)。
日本経済新聞2005年8月2日朝刊の「アスベスト禍(下)不作為のとがめ」(堅田哲、福田芳久、青木慎一の各記者が担当)という記事では、「石綿の発がん危険性はたばこに比べ、はるかに低い」(矢野栄二・帝京大学医学部教授)ともいわれるが、中皮腫は早期発見や治療が難しい。対策をおろそかにする理由にはならない。
リスクの問題は結局、自分で防げるか否かが問題なのである。つまり、自決できないという問題がリスクの問題の核心だ。自分だけではコントロールできない、個人には如何ともし難いリスクがある。自己決定できないリスクこそリスクの核心問題なのだ。リスク・ベネフィット論の欠陥は、選べないリスクを選べるリスクと混同していることである。
リスク・ベネフィット論には、個人でリスク回避ができないという発想がないため、社会政策の発想が出てこない。個々人では無力な事に対処するのが社会を形成した意味であり、社会による政策的な個人のフォローを本質とする社会政策は、政府によって担われるべきものである。
もうひとつ、リスク・ベネフィット論の欠陥は、違った発想をして全員救える問題でも、「すべてを救うわけにはいかない」と、初めから諦めていることである。トレードオフを止揚することは考えないらしい。どちらをとるかという限界性に固着してしまっている。つまり、別の物質や方法への発想の転換からブレークスルーをする考え方がないのが明白であるところのドグマである。
「リスクの大きさとその物質を禁止したときの別のリスクの大きさとを比較しながら対策を立てる」と言うが、歴史的に禁止する有害物質に対して人類は代替物質を考え出しており、代替物質ができたらこの比較による対策は無意味となる。比較だけから対策を導き出そうとするのは現状維持に止まり、人類社会としての進歩がない。代替物質の開発を急ぐインセンティブを引き出すためにも、この比較による対策は早々に放棄すべきものである。
(25) 命がかかっているだけに、補償費用と新たな人命損失を招かないようにする除去費用によって、余計に法外なコスト高となる。
「2000年から40年間の中皮腫による死者は10万人に上るとの予測がある。仮に一人あたりの補償額を公健法による遺族補償並みの1千万円とすると1兆円の財源が必要。」(日本経済新聞2005年8月27日朝刊「被害救済どこまで」)。アスベスト禍は、全面禁止を先送りし、「管理使用」の道を選んだ日本社会の負の遺産といえる。アスベストが吹き付けられた建物の解体は、2010〜20年がピークとされる。環境省によると、禁止されるまでに吹き付けられたアスベストは約14万トン。これらをすべて安全に除去する費用を、現在の相場などから試算してみると、1兆円前後かかる。(読売新聞2005年10月7日朝刊「安全除去には1兆円」)。
『納税通信』2005年1月17日付 エヌピー通信社
消費喚起と財源倍加の政策を
上智大学法学部教授・文博 大和田滝惠
外需に頼った経済回復が減速し出した。内需をしっかり定着させないといけない。もし、みんなが消費を増やすことが互いに読めて、人々が先行きの明るさを見通せるような方法を、将来の負担増となる新たな財源を使わないで打ち出すことができたら、内需は盛り上がらないだろうか。
企業が次々と参入したがる現象が、顧客に消費を増やしてもらえる方法だと証明しているポイント制。ポイントをくれる店で、つい余分に買い物をしてしまう庶民感覚に訴えて、消費を確実に喚起しようとする「消費税積み立て還付制」を提唱したい。
制度の仕組みは、買い物をする度に消費税分が獲得ポイントとしてICカードに入力され、政府が代わって年1・5%の金利で積み立て、年金給付時に上乗せ還付する。すると、消費税分が貯まっていくので、その分将来に備えて貯めようとした自分の低金利預金の一部を消費に回せる。
毎日貯まっていくのが意識でき、いつしか忘れてしまう定率減税とは違って、たえず消費を増やそうとすることに意識がつなぎ止められる。全世帯に積立貯金ができるので、社会全体に消費が増え、経済が上向く予想もつくため、自分も少し多めに消費しようかと気持ちが緩むはずだ。
先行きの見通しがよい中では、貯蓄を取り崩してまで消費を増やす傾向があるという統計が出ている。また、前倒しで購入したい品物の上位に、プラズマTV、家のリフォーム、クルマなど大型商品が挙がっているという調査もある。
標準世帯が20年間積み立てると500万円以上の還付が受けられる当制度は、人々の先取り購買意欲を刺激することを物語っている。所得の余力を貯蓄したり取り崩したりして、消費を牽引している幅広い中間所得層に追加需要を喚起する効果があり、還付される消費税分位、つまりGDP3%程度の押し上げ効果が見込める。
気になる還付費用は、国民に還付する積立金は少しずつしか累積しないので、わずかな金額から始まり、年々徐々にしか増えない。還付する年の消費税収比でみると、初年度は1割強、10年後でも2割弱、積立年数が長くて有利な20歳の若者が満期を迎える45年後にようやく約半分に達し、以降そのレベルで安定する。公共団体や企業の消費には還付しないためであり、緩やかな費用の増加ゆえ、追加需要でGDP1〜2%ほど成長すれば、自然税収増だけでその伸び率を賄って余りが出る。
当制度の導入で、たった5%の追加的な消費喚起があればいいのだが、万一その効果さえなかった場合、最大45年後から約束した金額の半分が毎年費用となる。政策リスクヘッジ法として、国民が受け入れやすいように、消費税率を5%上げて全部を還付に充てても、上げた5%分で10%還付分の約束は果たせる。国庫に引上げ分の一部を残したいなら、2・5%だけの還付にしたらよい。
税率を上げるほど財源節約効果も増すので、同じ上げるなら当制度を導入してから税率を上げた方が賢明だ。当制度は財源の2倍も給付が可能な固有の内蔵機能によって、かりに消費喚起の効果がなくても実施した方が得な制度である。