- 推薦書は形式的なものではありません
世の中には形式的な書類が多くあります。アパートの契約もそうで、家賃や火の扱いなどの項目以外の文言を
ひとつひとつチェックする人はあまりいないでしょう。しかし、推薦書はそのような形式的な書類ではありません。
私は、自分の「人を見る目」や「正直さ」を推薦書で試されているような思いをもっています。
ですから、私は基本的には推薦書でウソは書きません。授業を休みがちだった人について「授業に熱心に取り組んで
いた」とは書きませんし、卒論を書いていない人について「なんとかをテーマに論文を書いている」とも書きません。
論文に集中できなかった人について、「論文をまとめる力がある」とは書きません。実習で対象者と関係が
つくれなかった人について「対人関係の能力が高い」とも書きません。
ウソはついても後でわかるからです。また、いちどウソをつくと、後からもう信頼されなくなるからです。
- 推薦書を書くには時間がかかります
「推薦書、書いてください」「はい、いいよ」で、三分で書いてくれる。推薦書を頼んでくる学生たちの多くがそういう
イメージをもっているようです。しかし、そういうものではないと思います。その職場を選んだ理由、自分がその職場に
適していると考えるきっかけになった具体的な体験、自分の学生生活でもった問題意識は、どんなもので、それが、
どういうテーマのゼミ論なり卒論として形になったか、そういうできるだけ具体的なことを書く必要があります。
具体的なことを書くには、推薦する学生の話をよく聞かなければいけませんし、そうすると時間がかかるのです。
「良い人である」という六文字で良いのなら、それでいいでしょうが、私は、そういう推薦書を書きたくはありません。
自分のしていることに責任をもっていないという感じがするからです。また、このような推薦書は出した場合、
被推薦者がかえって不利になることがあります。
推薦書には、なぜその学生の推薦する気になったのかという私の事情も具体的に書く必要があります。
その学生とどのような関係なのか(ゼミの担当教員なのか、卒論指導教員なのか、それは何年のことか、そして成績は
どうであったかなど)を具体的に書くのです。
いちど、ゼミでも卒論指導でも実習担当でもない学生が私に推薦書を依頼してきたことがありました。
私は「君とどういう関係だったか、何も書けないよ」と言いましたら、その人は「3年のときに毎回、授業に
出てたじゃないですか」と答えました。しかし、他の大学などでは百人以上の人がいちどに講義を聴くという
授業が多いと聞いています。ですから講義に出ていたというだけの関係は、外の人から見ると非常に薄いもので、
とても推薦書を書くような間柄ではありません。
後でも述べますが、大学の推薦書は卒論指導教員か、ゼミの担当教員が書くべきだと思っています。それは、それだけ
学生と個別的な関係がある(と通常は考えられている)からです。実習担当教員は他の多くの大学では上智と違って、
一人で一クラスぐらいの人数を担当しており、あまり個別の関係を持っていません。個別の関係をもっているのは、
若い助手クラスの教員のようです。ですから実習担当教員だったということで、私に推薦書を依頼してくる人がいますが、
「ゼミや卒論指導の教員ではなく、なぜ実習担当者なのか? ゼミの教員から受け入れられなかったのか?」と面接官は
かえって、あなたのことを疑ってしまうかもしれません。そういうこともあって、私は自分のゼミの学生以外の人から
推薦書を依頼されると、「ゼミの教員に頼みなさい」と断っています。
- 推薦書を書くことは授業料には入っていません
推薦書を書くことを要求する権利は学生にはありませんし、書く義務も教員にはありません。
言いかえれば、推薦書を書くことは授業料には入っていません。実習先の手配をすることや、
卒論指導は学生が要求することができます。それは授業料に入っているからです。
しかし、推薦書はそうではありません。推薦書を書かなくても教員は非難されることはないと思っています。
逆にいえば、推薦書を書くことについて学生に対して平等である義務は教員にはありません。
ある人には書いて、別の人には書かない。それが当たり前の世界です。
アメリカの大学院に入学したいから推薦書を書いてくれと頼んできた学生がいましたが、その人は、
私に依頼している最中にも、ガムをくちゃくちゃと噛み続け、まるで当然の権利であるかのように
私に推薦書を書けと要求していました。自分の権利を主張すること、会話の最中にもガムを噛み続けることは、
その人なりの「アメリカ流」なのかもしれませんが、とても不快でした。
- 推薦書を依頼するとは「私を誉めろ」ということ
推薦書には、その人の長所を書かなくてはいけません。つまり、その人を誉めるわけです。
だいたい、どんな厚かましい人でも「私を誉めなさい」とは人に頼めないでしょう。しかし、
推薦書については、多くの学生たちは当然のことのように頼んできます。これは推薦書の性格を
誤解しているのだと思います。切符を差し出せば、チョンとハサミで切ってくれるような感覚で
推薦書を依頼しないでください。少なくとも「その人の良いところが思いつかない」場合、頼まれたほうは
とても困ります。
なお、アメリカの大学院への推薦書の場合、短所をあえて書くほうが良いという意見があります(吉原, 2004)。それに従い、私も推薦書に私が感じている被推薦者の短所を書く場合があります。
- 推薦書を依頼できる関係をつくっておくこと
私は顔と名前が一致するというぐらいの関係では推薦書を書きません(学内の奨学金関係の推薦は別です)。
私は基本的には推薦書はゼミの教員か卒論指導教員が書くべきだと思っています。卒論指導教員は、
学生と一対一で長時間、語り合う機会をもっていますし、論文の取り組む姿勢で、その人の性格がわかり、
書かれた論文でその人の知的な能力がわかります。ゼミも、私の場合、合宿などで長い時間、その人を
見ることができますし、直接に話すことができなくても、ゼミのグループのなかでのふるまいかたで、
かなりの程度のパーソナリティがわかります。上智の場合、すべての教員がゼミをもっていますから、
基本的にはゼミの教員がその学生に一番ちかいと思っています。ですから、私にとって、そういう学生
ではない人から推薦書の依頼を受けたときには、まず、「あなたのゼミの先生に頼んでください」と
断っています。
4年生でゼミをとっていない、卒論も書いていないという場合、実習担当の教員として推薦書を
書くことがあります。しかし、上智の場合、ゼミに比べて、より人数の多い学生と実習担当教員として
接しているわけですから、当然、関係も薄いものになりがちです。ですから、やむをえない選択のときのみ、
推薦書を書くことを引き受けています。しかし、そのときでも、実習指導で知るのは、もっぱらその人の
対人関係や援助能力のことですから、他学科の大学院進学のときの推薦書などは書くことはできません。
ゼミ生でもなく、卒論指導でもなく実習担当でもない場合は、推薦書を書くことをお断りしています。
いくら気軽に雑談しあう関係でも雑談のなかから、その人を(推薦書に書けるぐらい深く)見ることは
私にはできそうにありません。卒業するまでには、かならずどこかのゼミに属し、一人の実習指導教員との
出会いがあったはずです。その教員が上智からいなくなったとしても、「元上智大学教授」として推薦書を
書いてもらうように依頼すればいいと思います。ゼミ担当でも卒論指導でも、実習の担当でもなかった学生の
推薦書を書くなどという無責任なことは私はしないつもりです。
あるとき、ある学生に「ゼミの先生に推薦書は書いてもらいなさい」というと、「私はゼミにほとんど出席
しなかったんです。ですから、いまさら推薦書を書いてくださいなんて言えない」という返事がかえってきました。
だったら私が推薦書を書けるでしょうか? ゼミにほとんど出ていなくて単位をもらっているとは、どういうことなのか?
かえって逆に、不安になって推薦書は書けないと思いました。
- あなたをよく理解していると思う教員を選びなさい
以上のようなことから言えることは、あなたのことをよく理解していると思う教員に、推薦書をお願いすることです。
「そんな人はいない。私のことを理解してくれる教員はいない」というのなら、あなたには推薦書を依頼する条件が
ありません。あなたは教員と、それだけの人間関係をつくってこなかったのです。いちがいに、それは間違っているとは
思いません。あなたは自分にとって魅力があると思う教員に出会わなかった。そのこと自体は、とりたてていうほどの
不運ではないでしょう。しかし、推薦書を書いてもらうという条件(資格)はないということです。
私はときおり推薦書を書いてきた人に対して、「こういう施設はあなたに合ってないね」ということがあります。
能力的についていけない、性格的に合っていないなど理由はいろいろありますが、学生たちが傷つくのではっきりとは
言いません。学生たちはそれを聞くと、気分を悪くして「なぜ、そんなことがわかるんですか? やってみないと
わからないでしょう」と言います。
私は、それに対して、次のようにいいます。「でも、それが『わかる』と思ったから、私に推薦書を書いてくれと言ったわけでしょ?
私は『あなたの推薦書を書くよ』とか『推薦書を書かせてください』と頼んだわけではないし、
書く義務もないのですよ。にもかかわらず、私があなたのことを推薦書を書くほどに充分に理解していると、あなた自身が
考えたからこそ、私に推薦書を書くよう依頼してきたわけですよね。」
「誉める文章を書いてくれ」と自分から依頼しておいて、「そういう点では誉められない」と答えられたら、
「それは私を理解していない」と反論する。そんな論理は無理があります。
まずは、あなたを理解し評価してくれる人を探すことです。そういう人がいなければ、あなたは推薦書に守られて就職するタイプの人ではありません。
- 推薦書は断ることがあります
先にも言いましたように推薦書を書くことは授業料のなかには入りませんから、お断りすることが
あります。これは私だけのことではありません。以前、助手だったころ、私のところに推薦書を書いてくれ
と言いにきた人がいました。その人は他の教員にはすべて断れていたようでした(だれも「書かない!」
と正面切っては言いません。やんわりと「なんとか先生に書いてもらったほうがいいよ」といわれるのです)。
私は、その人とはほとんど面識がなかったのですが(そのころゼミも実習指導も直接はしていなかったため)、
困り果てているようなので、引き受けて何時間もかけて書きました(詳しくは書けませんが、とても煩雑な
推薦書の形式でした)。その推薦書は速達で書留扱いで教員のほうから出さなければならないものでした。
学生は(ちょっと事情があって)私が速達と書留の郵便料を一時的にたてかえてくれないかと言いました。私は、
たてかえておきました。それっきり連絡はありませんでした。就職試験に合格したかしなかったかの報告もなく、
わずかですが郵便料金も私がたてかえたままでした。私は、そのとき、なぜ、あの人がどの教員も推薦書を
書くのを嫌がったのかがわかったような気がしました。
これは特別な事例ではなく、似たようなことはよくあります。人間関係について、このような感覚をもった人は
たぶん職場に入っても人間関係はうまくいかないでしょう。とすれば、こういう人を推薦する書を書いたのは、
私の間違いだったかなと思ったりします。
- 推薦書は書く人にとっては自分の信用を賭けること
私は推薦書を書くことはギャンプルに近いものじゃないかと思ったりします。つまり、
私が推薦書を書いた卒業生が、その職場でうまくいけば、私の信頼度は上がり、次の推薦書に対する信頼度は
上がり、次の就職希望者は、より合格率が高くなるということになります。逆に、私が推薦書を書いた人が、
すぐに退職してしまったりすると、私の信頼度はその施設では下がり、次の機会に推薦しても、その人が採用される
確率は低くなります。
つまり、私は推薦するときに次の年度、または次の次の年度の、まだ会ったこともない4年生のことを考えながら
推薦書を書いています。目の前の人が「推薦書を書いてください」といって、その人がそこに就職して1ヶ月もしないうちに
やめてしまったら、それはその人の自由でしょうが、私には困ります。その人は、やめたら、そことの関係は永久に無くなるでしょうが、私は、これからも実習先として、または学生の就職希望先としてつきあいがあります。ですから、そこで辞めてしまいそうな人には
推薦書を書きません。福祉の世界は狭いもので、施設や病院の職員間にはインフォーマルなネットワークがあります。ひとつの施設で
評判が悪くなると、他の施設でも評判が落ちます。あとの世代の学生のためにも私は推薦書に対して、とても慎重です。
ですから、推薦書を私が書いたなら、少なくとも3年から5年は、そこで働いてもらいたいと思います。それができないとおっしゃるなら、私は推薦書を書きません。それくらい働けるという自信があるところを選んで就職してください。一般に、福祉分野で就職を
考えている人は(一般企業に就職する人が企業について調べるほど)福祉施設について調べていません。私が実習を担当した人で、自分が就職を考えている施設で1週間ほど実習を自分で頼み込みそれで就職を決めた人がいます。その人は結局、100日以上、実習した計算になりますが、それくらい真剣に考えるべきだと思います。
- 推薦書は人物の保証書のようなもの
「この人なら大丈夫。私が保証する」ということを文面に書くのが推薦書です。ですから、書くほうにはたいへん重いものです。借金の保証人になるのにはたいへんな勇気がいります。推薦書の場合は「裏切られても」金銭的な損失はありませんが、
社会的信用は無くす危険性があります。それだけたいへんなことなのです。
「そんなおおげさに考えなくていいですよ」と、私に<アドバイス>した学生さんがいます。自分の推薦書を頼みながら、
そんな<アドバイス>するなんて、どういう神経なんだと私は呆れてしまい、「だったら他の教員に書いてもらいなさい」
と<アドバイス>したことがありました。「おおげさに考えない人」を選べばいいのです。
- 推薦書を書いた例
私が推薦書を書いた事例は、記録していないので正確なところはわかりませんが、いま思いつくのは(1999年時点で)、A病院とB県職だけ
です。A病院は不合格でした。B県職は私が推薦書を書いた人が数年で辞めてしまい、それ以降、上智の学生は
合格していません。学生たちには「厳しすぎる」ように思えるかもしれませんが、これが現実です。今後、B県職についての
推薦書は私が書いてもダメかもしれません。大学院または留学で何件か、書いたことがあります。
結果は3人は合格、1人、不合格、あとの1人は報告がないのでわかりません。
- 就職先に応じた教員を選ぶこと
また、実習先によっては教員を選ぶことが必要だということを強調しておきます。上智の教員であれば、誰でも同じというのは間違いです。推薦書は人間的な信頼関係で成り立っているものですから、就職先の人事担当がよく知っている教員が推薦した人は、通る可能性が当然、高くなるでしょう。その分野で知られていることというのも重要なポイントです(いってみれば「顔がきく」ということ)。ただし、いかに、ある分野でなんとか先生が有名であっても、あなたがその先生とほとんど話をしたことがなければ、推薦書を書いてもらえる可能性はあまりないでしょう。
- 推薦書を求める職場
最後に推薦書を求める職場(大学院)とはどういうものかを考えておくことです。推薦書を求めるところと、求めないところがあります。
推薦書を求めるのは、ひとつは、内定を蹴って他のところに行くということを防ぐためかもしれません。大学入試でも、推薦で合格した人は途中で気が変わっても、他の大学に行ったり他の学科に転科したりできませんよね。推薦書をもらうということは、それだけ、
自分の自由を縛ることです。ですから、率直にいって学生側にとっては、得策でもないと私は思っています。自分の自由が縛られるのが嫌だったら推薦書が要らないところを受験してください。それはあなたの自由です。これはプラス・マイナスの駆け引きの問題です。
福祉の職場探しはあわてないことです。98年春の事例でいえば、卒業式のあとになって初めて、条件のいいところが空席になりました。福祉の現場で条件がいいところは、ギリギリまで人が辞めないのです。ですから、1月をすぎてからでも、とても良い条件のところが出てきます。
逆に、施設を拡大するわけでもないのに夏や秋に人を募集するのは、ボーナス前に人が辞めたということで、労働条件があまり良くない
ところだという可能性が高くなります(もちろん可能性であり、そうではないところもたくさんあると思います)。12年間、卒業生たちを
見ていて、「7月ごろ、施設や病院に就職が決まった」という人は、そのときはホッとして喜んでいますが、働いて数ヶ月すると、もう
後悔したという事例をいくつも見てきました。
実習先で学生たちが体験する福祉の現場は、比較的労働条件の良い職場であるはずです。労働条件が良くない福祉の現場は、
実習生を受け入れる余裕がないし、受け入れても学生の指導ができないので、実習先の候補になっていないことが多いのです。
ですから、福祉の現場が、実習で体験したようなところばかりだとは思わないでください。
- 推薦書はウェットな世界
要約すれば、推薦書を書く、書かないは、かなり情緒的な問題もあって、事務的な手続きのような感じにはいかないということです。
教員が、その学生の将来性に、いわば「惚れ込んで」書くものだという気がします。
ですから、教員が「惚れ込む」ほどに、自分の長所や熱意をふだんからアピールしておいてほしいということです。
推薦書を依頼されて初めて、その人が福祉分野に進むことを知ったということでは、はじめっから信頼関係がありません。
しかし、相手がゼミの学生だと私は「義理」を感じて書く場合もありますし、書いた学生には私に対する「義理」を感じて、
簡単に職場を辞めないでもらいたいと思ってしまいます。つまり、
大学は一種の「サービス産業のひとつ」と考えている私には、扱いにくいウェットな領域なのですね。
ですから、推薦書は無いにこしたことはないと、私は内心思っています。
- 推薦書を書くときに送付すべきもの
推薦書を依頼するとき、特に卒業後、何年もたってから海外の大学院等に進学するときには、以下のものを
送付してください。海外の大学院進学においては具体的に詳しく書いた推薦書が求められることが多いです。
これについては以下にリンクしてあるAlan Robock氏のサイトを参考にしました。
- 推薦書を出す大学院について説明した書類
推薦書の内容を考えるときに必要です。たとえば、取得するのが professional degree なのか research degree なのかによって推薦書で強調する部分が違ってくると思います。
- 申請書のコピー
志望動機や研究計画が書かれていることでしょう。それにしたがって推薦書を書く必要があります。
- 大学での成績一覧
成績表を送ってもらう必要はありませんが、取得単位の一覧(特に進学後、学ぶ分野に関連するもの)とその成績を教えてください。
- 履歴書
大学院に提出するもののコピーでけっこうです。推薦書で具体的なことを書くときに役立ちます。
- 推薦書の形式等
大学院によっては推薦書の形式が決まっています。それを送ってください。
- 切手を貼った返信用封筒
着払いの宅急便のラベル(住所等を記入済のこと)を貼った封筒でもけっこうです。推薦書にはサインが必要なので、電子メール等では返信できませんので。
また、大学院への進学の際の推薦書は、私が卒業論文の指導をした学生に対してのみ書くことにしています。
つまりアカデミックな能力を測るには卒論指導が一番の方法であり、卒論指導をしたことのない卒業生の
アカデミックな能力は私には測りかねます。
- 依頼には来室は必要ありません
何かを依頼するとき、直接、会って話す必要があるし、そのほうが礼儀にかなっていると思っている人がいます。
たしかに、それは多くの場合、正しいと思います。しかし、状況によっては会ってお話することが難しいことがあります
(時間に余裕がない時期など)。私も、何年も会っていない卒業生には会いたいという気持ちはありますが、
状況や時期によっては難しいことがありますので、そのときは郵便とメールのやりとりで
推薦書を書き上げていきたいと思っています。
- 推薦書について役にたつサイトへのリンク
- 参考文献>
Copyright: Tomofumi Oka
Email: t-oka@sophia.ac.jp
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