第25回 民主化(1) 選挙制度改革    7月11日(木) 1.はじめに:メキシコの民主化の基本的性格 □ 民主化に関する基本概念 ・「移行」(transition):非民主体制から民主体制への体制変動  非民主体制が解体を開始してから、競争的で公正な選挙の実施までの過程 ・「協約」(pact):主要政治勢力(体制、反体制)の間で結ばれる政治運営についての合意 ・「定着」(consolidation):民主主義が「唯一のルール」となり体制が安定すること □ メキシコにおける移行と定着:一党支配型権威主義体制から自由民主体制への移行  1982年経済危機を背景に政治社会が流動化し、1988年政治危機をきっかけに移行開始  選挙制度改革(=協約)を経て公正な選挙(連邦議会1997年、大統領2000年)が実現  ヘゲモニー政党システムは競争的政党システムへ ・以後、定着段階へ 2.どのように移行したか □ 1982年経済危機  債務の利子返済不能に始まる長期的不況の時代:「失われた10年」 ・開発路線の大転換:デラマドリ政権(82~88年)  緊縮政策(補助金削減)、経済自由化(民営化、規制緩和)  →保護主義・民族主義路線の後退 ・野党の躍進と民主化運動:PAN(国民行動党)の北部諸州での躍進(83~86年) ・社会運動の台頭:メキシコ大地震(85年)をきっかけとする住民自助運動 □ 革命党体制の解体開始 ・開発路線の転換と党内の締め付け強化に反発するPRI左派(指導者クアウテモック・カルデナス)の離党、1988年選挙でPRに挑戦  ~PRIの辛勝(サリナス50.5%、カルデナス31.1%)と不正疑惑、正統性の低下  ~選挙制度改革への意思表明 「事実上の一党支配の時代は終わった」 □ 選挙制度改革の開始  *メキシコの選挙制度―小選挙区比例代表併用制(ドイツ型) (1) 1990年改革 [PRI・PANで合意、PRD(民主革命党、カルデナス派)は拒否]  サリナス大統領(1988~94年)が政治の近代化の一環として実施 ・選挙の管理運営を、内務省から、新設のIFE(連邦選挙機構)に移管 ・選挙結果の裁定について、新設のTRIFE(連邦選挙裁判所)に勧告権限 ・選挙人登録名簿の再作成、選挙人登録カードの再発行、多重投票防止措置・・ (2) 1993年改革 [PRI・PANで合意、PRDは拒否]  選挙の公正化は不十分との批判に対して実施 ・当選議員らによる自己裁定制度を廃止、最終裁定権限はTRIFEへ ・「ガバナビリティ条項」(第1党に過半数議席を保障)の廃止 ・選挙人登録情報への各政党のアクセス保障、選挙監視への市民参加規程導入 (3) 1994年改革 [PRI・PAN・PRDで合意]  チアパス州での先住民蜂起による政治混乱を緩和する目的で実施 ・IFE委員の「市民化」(法律家中心から、ジャーナリスト・評論家等を含む構成へ) ・選挙監視活動の「市民化」(規制緩和によるNGO等の市民参加の容認) (4) 1996年改革 [PRI・PAN・PRD・PTで合意]  セディーリョ大統領(1994~2000年)による選挙制度改革の仕上げ ・IFEの完全独立化(政府関係者を排除) ・選挙の裁定権限を司法府に完全移行(TRIFEは最高裁の管轄下に) ・連邦特別区(メキシコ市)長の公選制導入 3. 移行期の政権と選挙  表1:連邦下院選挙結果 選挙年 定数     PRI     PAN     PRD     PT  PVEM 1988 500 (得票率) 260 (51.1) 101 (18.0) 1991 500 (得票率) 320 (61.5) 89 (17.7) 41 (8.3) 1994 500 (得票率) 300 (48.8) 119 (24.9) 71 (16.2) 10 (2.6) 0 1997 500 (得票率) 239 (38.0) 121 (25.9) 125 (25.0) 7 (2.5)  8 (3.7) 2000 500 (得票率) 211 (36.9) 223 (38.3) 66 (18.7) ** * 2003 500 (得票率) 239 (40.8) 151 (30.7) 96 (17.6) 5 (2.4) *** 2006 500 (得票率) 133 (28.2) 206 (33.4) 158 (29.0) ** *** (注)* PANと連合、** PRDと連合、***PRIと連合。 □ サリナス政権期 ・大統領の人気上昇(景気回復、貧困撲滅プログラムの実施、メキシコの先進国化という目標、強い大統領としての再評価)  *「委任型民主主義」(G・オドネル)  ~1991年下院選挙、強いPRIの復活 ・革命原理の放棄(土地所有制度の自由化、米国との市場統合、反教権的規定の改正)  政権末の躓き(チアパス蜂起、次期大統領候補の暗殺、PRI幹事長の暗殺、通貨危機)  ~1994大統領選挙、PRIの相対的勝利 □ セディーリョ政権期 ・経済危機への対処、地道な政権運営  ~1997年下院選挙:PRI過半数割れ(=分割政府)  ~2000年大統領選挙:PRIの敗北(PRI36.1%、PAN42.5%、PRD16.6%) ・移行の完了(1997年連邦議会選挙、2000年大統領選挙) □ どのような競争的システムになったのか?  PRI(革命党主流派・右派)、PRD(革命党左派)、PAN(革命反対派)の「3党システム」  +小政党PT(労働党)、PVEM(緑の党) 4.まとめと展望 □ メキシコの民主化の特徴(他のラテンアメリカ諸国と比較して) ・平和的な民主化 ・段階的で緩慢な民主化 □ 定着に向けて  表2:フリーダムハウスによる自由度評価(1987-2016) 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 4.0 3.5 4.0 4.0 4.0 3.5 4.0 4.0 4.0 3.5 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 3.5 3.5 3.5 2.5 2.5 2.0 2.0 2.0 2.0 2.5 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2.5 2.5 2.5 3.0 3.0 3.0 3.0 3.0 3.0 3.0 (出所)http://www.freedomhouse.org